第9話 正味
朝目が覚めると、いつものように味噌汁の匂いがした。眩しい太陽にベッドから追いやられリビングに降りる。
「おはよう武瑠、味噌汁飲む?」
「飲むよ。」
今日もお父さんが作ったらしく心配だったが、机に置かれた味噌汁は赤くなく、しっかり味噌の色をしていた。
「いただきます。」
静寂の中お箸とお碗が当たる音だけが響く。
「どうだ美味しいだろ?武瑠、昨日の夜から何度も作り直したんだ。」
「今までで、1番美味しいよ。」
なぜお父さんは味噌汁にここまでするのか、俺が味噌汁が大好物だと知っているから?それもあるが違う。
透明化の進行を見る限り、俺は今日死ぬからだ。
「なぁ武瑠、どうしても俺は仕事に行かなくちゃダメか?」
8月26日、朝7時。いつものようにお父さんを玄関まで見送る。
最後の日は1日中一緒にいるのが普通だが、今ここでお父さんが俺の最後を見ると、これからの人生が壊れてしまいそうで怖かった。
「ローンだって残ってるんだから頑張ってきて。」
背中を優しく押して前へ歩かせた。
「あ、なぁ武瑠。」
お父さんは後ろを振り返りもしない、どうせ泣いてる顔を見られたくないからだ。
「帰りに誕生日ケーキを買ってくるからな。」
これが俺とお父さんとの最後の会話だった。
夕方、ただ窓から景色を眺めているとチャイムがなった。
「京都府警察の者ですが、梅岡さんのお宅で間違いないでしょうか。」
警察?海斗の義父が殺害された時あの場所にいたことがバレたのか?だとすれば俺は共犯者と疑われている。今日くらい普通の1日を過ごさせてくれよ。
深くため息をしながら玄関まで行き、ドアを開けると「これを」と言われ1つの封筒を渡された。
武瑠へと書かれた文字を見てすぐに誰からの手紙かわかった。
「あなた宛に書かれたと思われる手紙が現場から見つかったので、読んであげてください。」
海斗が俺に手紙を残していた。いつ書いて、いつから俺に渡そうとしていたのだろうか。
ゆっくりと封筒を開け、1枚の紙を取り出した。
『武瑠へ、まずは謝りたい。俺から誘ったのに将軍塚行かなくてごめん。後2ヶ月は帰ってこないはずのあいつが帰ってきちゃって、本当に行きたかったよ。その日たまたま綺麗な景色が見れたらしいけど渡したいものがあったんだ。それはベンチに置いてきたんだけど、他にさ、電話かけただろ?あん時俺だいぶ参っちゃっててさ。でも武瑠が電話に出なくてなんか安心しちゃったよ、それで俺が死んでたらお前が責任感で死んでしまうかもしれなかったからさ。武瑠には、俺の分まで生きてほしい。これこそ責任感がのしかかるかもしれないけど、お前にしか幸せにできない人を幸せにしてやってくれよ。それじゃ、またどっかで。』
高鳴っていた心臓の音が静かになっていく。
熱くなった目頭を指でつまみ、天を仰ぐ。空でもなくただの天井、こんな景色さえも海斗はもう見れないんだ。
電話に出れていれば、救えたのかな。
ふと自分が全身鏡に写るともう頬まで透明になっていた。
「急がないと。」
8月14日、夕方5時。今日の夜にあいつが帰ってくることになってしまった。最悪だ、高校3年生でもう中々武瑠に会えなくなってしまうから高価な物でも欲しがっていた物でもない、手紙をプレゼントしようとしていたのに。
もう直接渡しに行く時間もないから18日に来るであろう将軍塚のベンチの裏にでも貼っておこう。雨、降らなければいいけど。
今日、あいつが帰ってきた瞬間から監禁状態だ。学校があればまのがれたのに、こんな憂鬱な夏休みがあるか。
「よし、武瑠。見つけてくれよ。」
8月17日。どうにも俺は耐えられそうもない。15日、大雨も降ってしまうし。手紙、届かないかもしれないな。どうしてでも伝えなくちゃ、今どんな状態か、手紙になんて書いたか。
あいつが外にいったすきに必死で取り上げられていたスマホを探して武瑠に電話をかけた。
「頼む…出てくれ!」
ワンコールもできなかった。運悪くあいつが忘れ物を取りに帰ってきてしまいまた取り上げられてしまった。
もう、ダメかもしれない。
8月19日、早朝3時。案の定昨日の夜、将軍塚に行くことができなかった。警察に通報もできない、友達に相談もできない、母親も俺のことを無視する。しょうがないことかもしれないが、もう、限界だ。
今誰と1番話したいか、そんなの決まってる。
あいつが寝ている間にこっそり手紙を書き、部屋の中にあるクローゼットの中に入れた。
今日、久しぶりに補修に行く。その途中通る線路に飛び込むと決めた。
怖いだろうな、痛いだろうな。
でも今よりはマシなんだろうな。
さよなら、武瑠。
もう薄暗くなってきていた道をひたすら自転車で駆け抜ける。
将軍塚に着く頃には人の顔がわからないくらい真っ暗だった。
汗を拭いながら必死で展望スポットまで走る。
「このベンチか?こっちか?裏に貼ってあるのか?」
どうしてでもその手紙を読みたかった、海斗が俺に渡したかった誕生日プレゼントを。
「武瑠くんかい?」
背後から優しい声がした。聞き覚えのあるような、懐かしい声。暗くて顔が見えないがこちらに向かって来ている。
思い当たる節があった、あの時のおじさんだ。海斗に雰囲気似ていたから間違えて声をかけてしまった。
俺の前までくるとズボンのポケットから手紙を取り出して「探し物はこれだろ?」と言って渡してくれた。
「あ!そうです!ありが…。」
その手紙に、俺の名前なんて書かれていなかった。
「あいつ、こんな所のベンチに手紙貼っていくなんてな。バカな所は全く変わらないな。」
この声、確かに聞いたことがあった。あの赤い星が滅びた日に聞いたのが初めてじゃなかった。この声は、優しさは。昔からよく遊んでもらっていた、懐かしい音だった。
「あの!」
手紙から目線を上に向けるともう人影なんて無かった。
最後まで、見守ってたんだな。
少しくしゃっとした手紙を開ける。あの手紙よりも綺麗な字が並んでいた。
読もうとしたその瞬間、空が一瞬真っ白になり視界を奪う。
そして戻ったと思ったその瞬間、目の前に何かがあった。
それは
「UFOだ…。」
銀色で薄気味悪く光を放っている機会、間違いない。
ただこの現状に言葉も出ずに立ち尽くしていると、宇宙船から影が1つ降りてきた。
まさかと思った。でも、信じ込んでいた、また会えるかもって。
記憶にはもうないが写真で死ぬほど見たその背丈、顔。写真よりもよっぽど綺麗だった。
夜に咲くユリのようだ。
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