第5話 雑味
暗い部屋でただスマホの光だけが数秒光を灯す。
『明後日の夜空けとけよ!将軍塚に夜の9時!』
返信せず、もちろん既読もしない。しないんじゃなくてできない、昨日の夜から全く寝れていないせいか身体が全く動こうとしない。
これまで黙っていたお父さんを恨まないほど俺は余裕がない。お母さんが死んだということにすれば死体がないと警察にお父さんが怪しまれる、だから警察や身内などには失踪したと話していた。7年経った今ではもう死亡扱いだがな。だからお母さんのお墓だけがなかったんだ。まだお母さんのことを探している、という態になっているから周りも気を使ってお墓を作れなんて言えないだろうしな。
これからどうしたらいいんだろう。透明化を知っているのはお父さんとあかねだけで、でもあかねは俺が死ぬなんてこと知らないし。
貯金を使って旅にでも行こうかな、東京に行きたいな。あ、どうせなら海外でもいいか。
ウユニ塩湖だ、そこにいきたいな。俺が消えていってもあの場所なら違和感がないんだろうな。
あれ?
目からなんの躊躇いもなく涙がボロボロ落ちていく、それと同時に今俺がどんな状況なのかが明確になった。
「死ぬの、怖いなぁ。」
あかねからメッセージが10件以上来ている、相当心配してくれてるんだな。俺がもうすぐ死ぬなんて知らないで「大丈夫?」なんて送ってきてるんだろうか、どうせ俺が死ぬなんて言っても他人事なんだ。結局自分のこと以外なんてどうでもいいと心のどこかで考えてしまうのが人間なのだから。
マナーモードにしているスマホが震える。
着信先は海斗だ。
どうせまたあかねが何か言ったんだろ、自分は既読もつかないからって海斗に安否確認を頼んだに違いない。
今の俺に、呑気に誰かを心配にさせたくないから気を使って「大丈夫、大丈夫」なんて言う心情なんてないし。まずそこら辺の平穏に暮らしている人になんてわかってもらいたくもない。
8月18日、快晴。
あれから何時間も考えて、悩んで、色々な結末を考えていた。
一つはどこか遠くに行って誰にも知られず死んでいくこと。
二つ目は自ら死ぬこと。宇宙人とのハーフだからといって消えていくという運命に逆らいたかった。
でも俺は三つ目に決めた。
この数時間で冷静に考えることができた。するとお母さんやお父さん。友達のことが頭から離れなくなっていた。
まずなんで俺はここに生きているのか。お母さんとお父さんは愛し合って俺を産んだ、どんな思いでだ?
『幸せ』になってほしいからだ。
お父さんが今まで黙っていたのは俺が不幸になるのが怖かったから。
お母さんがなぜ帰ったのか、お父さんが不幸になることを避けるためだ。
なぜ俺には友達がいるんだ?
それは、どこかで俺を必要としてくれる人がいるから。
俺はなんで生きているんだ?そんなの、意味なんてないんだ。
ただ、幸せになりたい。幸せにしたい、俺を愛してくれている人たちのために。
午後8時30分、俺は決意した。
これまでと変わりなく生きたい。それが俺の考えた三つ目の結末。
リビングに行くとげっそりとしたお父さんがいた。
「お父さん…。」
目は充血し、くまもすごい。
きっと後悔で寝れなかったんだろう。
「武瑠……。」
ソファに沈んでいたお父さんの横に座り、俺が決めた結末を話した。
今までのお父さんでいてくれ、これからもずっとお父さんはお父さんで、俺は俺なんだから、と。
今度は俺から深く抱きしめて、お互いこれが最後の涙だと誓った。
「海斗に悪いな…、既読もつけないで。」
目がぱんぱんで泣いていたのがバレるのは恥ずかしいけど、約束通り夜9時に将軍塚に着くように自転車を走らせた。
「あ、しまった。」
将軍塚に着いた時には9時を過ぎていた。
海斗、時間にルーズだから怒るだろうなぁ。
急いで展望スポットまで走る、すると空を見上げるシルエットを一つだけ見つけた。
「お待たせー!ごめん待たせて!」
顔色を伺おうと思い顔を覗き込んだのだが。人違いじゃないか!海斗はこんなに老けていないし貫禄もない!あ、少し失礼か。
人違いでした、と謝ると「いいよいいよ」とニコッと笑い返してくれた。人当たりの良い人でよかった。
話しかけてしまったついでに高校生くらいの男の子がここに来ていないか聞いたが、ここ20分は来ていないらしい。
てかなんで海斗はこの日にこんな場所に呼び出したんだろう。
「そろそろだよ。」
おじさんが空の方に指を指した。
すると赤く光っている一つの星がどんどん大きくなっていくのがわかった。
あっという間にその光が空一面を明るくして、街の色は淡い赤に染まった。
「あの星はベテルギウスの灯という星でね。この時期には本当は見えないはずなんだけど、綺麗に散っていくこの瞬間、日本からも見えるようなった。奇跡ってあるんだね。」
その赤さは輝きを弱めていき、幻想的な光景は5分で幕を閉じていった。
初めての体験で胸の高鳴りが止まらなかった。
これが俺に海斗がプレゼントしたかったものなのか。
しかしその日、海斗が姿を現すことはなかった。
「行ってきます!」
今日からまた補習だ。
いつものように重い鞄を背負い、いつもの道を自転車で駆け抜ける。
「近寄らないで下さい!危ないですから!」
朝から声を荒げる警察官が見えた。黄色のテープが踏切を覆い尽くし、野次馬がうじゃうじゃ湧いていた。
朝から事件かよ、ついてない。
通学路が塞がれていたので遠回りをすると案の定登校時間を過ぎてしまっていた。
あれ、先生がまだ来ていない。ラッキーだ、遅刻がつかないぞ!
すると引き立った顔で先生がドアを開ける。
「今日の補習は中止です。」
その表情、廊下でうろつく先生たち。
教室内を見渡す。
嫌だ、嫌だ。
胸の鼓動が早まって爆発しそうだ。
頼むよ、ほんと頼むよ。
嫌な予感しかしなかった。
「武瑠!」
あかねが先生を押し除けて教室に入ってきた、汗だくでだ。
「どうしたんだよ、あかね。そんなに慌ててさ?もうすぐ部活だろ?」
平常心を保とうとしていたがあかねの吐息と自分の心臓の音で何も考えることができなかった。
「海斗が……、海斗が…。」
「お、おい、涙、出てるって、おい……なんだよ!あかね!」
心に空洞ができたような感覚だった。
この穴は誰が、何が埋めてくれるのだろうか。時間か、誰かの愛か。
答えは一つ。塞がることなんてないだろう。
8月19日。俺の親友『海斗』は、自殺した。
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