第4話 意味

 雨がうるさい。

 自分の脳だけでは処理しきれない情報に頭痛がする。

 車の音

 川の音

 風の音

 通り過ぎる自転車の音

 鬱陶しくて仕方がない。

 俺は今何をしてどうすればいいのか、答えなんて誰が知っているのか、俺は、俺は何なんだ?

 「武瑠!」

 当たり前に耳にする声が飛び込んできた。

 「お父……さん……。」

 あかねと別れた後、さらに雨はきつくなっていたのだが俺は傘もささず、バスも使わないで何分かわからないくらい歩き、気づけばあたりは暗くなっていた。

 すかさずお父さんは俺のほうに駆け寄ってきた。

 「どうした?傘もささないでこんな時間まで歩いて!俺がどんなに心配し……、」

 何年ぶりだろうか、俺から抱きつきにいくなんて。こんなの同級生にでも見られてみろ?カッコ悪すぎるだろ。でも、でも今は。いつもと同じ温もりがする、匂いがするその身体に身を委ねたくなったのだ。

 混乱していた頭は一気に解けていき、溜め込んでいた感情が溢れて収まらなくなった。

 「俺、俺……、死んじゃうのかな?」


 家に着いた時にはすでに涙も枯れきってきた。

 とりあえずお風呂に入り、静寂の中雨の音だけがするリビングに2人座っていた。

 あの足を見せた時、お父さんは驚きもせずに「大丈夫、大丈夫だから」と言い聞かせてくれていた。

 ありがたいのだがそれが逆に不思議でたまらなかった。

 もう、一度体験しているかのように、そう俺は感じていた。

 「武瑠、もう、大丈夫か?」

 「うん、もうだいぶ良くなったよ。」

 この会話をしてから5分ほど静寂が続く。

 お互い、机に視線を向けたり、外の様子を伺ったり、そして。

 お母さんの写真を見ていた。


 「ごめんな、武瑠。こんなお父さんで。」

 頭をぐしゃぐしゃにして謝られても。

 何を謝っているのか、どうしてそんなに悩んでいるのか。

 わからないよ、全く。

 「ずっとずっと、言おうと思ってた時もあったけど。幸せそうなお前を見てると、もう言わないでおこう、一生隠して生きていこうって、勝手に思ってしまっていたんだよ。」

 何か、隠してたんだ。

 お父さんは13年も1人で俺を育ててくれて、でも何かずっと隠し持っていたんだ。

 俺が、幸せでいられるようにと。

 俺は何か思い当たる節があった、お母さんのことだ。

 なぜかお母さんのお墓がない。お祖父ちゃんのお墓はお父さんが準備したはずなのに、お母さんのお墓だけ準備しないなんてことはあるのか?

 お母さんは死ん………だ?

 俺は物心付いた時から一度も「お母さんは死んだ」なんて言葉を聞いていない。

 ただ、俺を悲しませないために言葉選びをしていた?それかお父さん本人が信じたくなかったから口にしなかった?

 違うだろ。

 「あのな、武瑠。落ち着いて聞いてくれ。」

 もう、知りたくて仕方がない、その真実からなんて逃げたくない。

 

 「あのな、お前のお母さんは…、」


 出張の帰り、いきなり落雷のような音がした。

 車の中から恐る恐る覗き、森の奥に光があることに気付いた。

 恐怖心は好奇心にかき消され、そして光源に信じられないものを発見する。

 円盤の飛行機のような乗り物、そしてそこから投げ出され純白に光る女性。

 そう。

 それが彼と彼女が出会った瞬間であった。


 「宇宙人なんだよ。」

 

 いつも通りの俺なら、常人であればこんな話は都市伝説のようでからかっているようにしか聞こえない。

 だが現に俺は人外の様な症状に見舞われていた、そのためか信じる信じないという過程を抜かし、そのまま鵜呑みにしていた。

 宇宙人が俺たちに紛れているなんてことはよく聞くことだったが、まさか俺の母親がそうだなんて。しかも俺までもが宇宙人とのハーフなのだ。


 『武瑠のお母さんはね、空からきたUFOに、連れ去られちゃったんだ。』


 その言葉が真っ先に浮かび上がった。

 お父さんのあの時の言葉は、あまりに言葉にするには残酷で、まだ幼かった俺にどう説明したらいいのか考えた末に導き出された答えではなく。

 ただの解答だったわけだ。


 「空も、お前のお母さんも身体が透けていく症状が出ていた。それは宇宙から地球に住んでしまったことによる適応障害のようなものらしい。」

 お母さんはその症状と闘いながらでも俺たちと一緒にいたいと言っていたらしいのだが、お母さんが地球にいることを掴んだ宇宙人の仲間達が無理やり連れて帰ろうとしたのだ。

 必死に。

 お母さんは反抗した、帰りたくないと。子供がいるから、と。でもお父さんまでもが帰ってくれと頼むようになってしまったのだ。

 その身体の変化のことについて知ってしまったから。

 「その症状が出始めてしまったら。」


 2週間もしないうちに死んでしまうのだ。

 

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