第3話 甘味

  8月15日。

 あいにくの雨に見舞われてしまった。そして駅前に11時集合のはずが。

 「11時30分、か。」

 遅れてしまうほどの雨でもないのに。

 じめっとした暑さに耐えながら腰を下ろして待っていると、スマホに通知が来ていることに気づく。

 『リラックマカフェで待ってて』


 「お前なぁ、まだ雨で人少なかったからいいけど俺の気持ち考えろよ!リラックマカフェに男1人で並ぶのめちゃくちゃ恥ずかしかったんだからな!」

 結局あかねは1時間くらい遅れて登場した。

 寝坊をしてしまったと何度も頭を下げて謝ってくれたので、俺もそこまで鬼畜ではない。あっさり許してやり2人でパンケーキを頼んだ。

 「ほんっとにごめんね!いやー、待たせてるのが武瑠でほんとによかったよー!」

 どうゆう意味だそりゃ。

 「度重なるようになるけどさ、この後大雨になるんだって。」

 それは俺も知っていた、前日に天気予報でチェック済みだったからだ。

 あかねの都合上、明日も大雨なので今日になったのは仕方がないことなんだがな。

 どうしたものか、リラックマカフェで昼をすましてから食べ歩きをするというプランが潰れてしまった。

 「とりあえず食べようぜ。食べながら考えよ。」

 あかねは早速写真を何枚も撮り出した。前から食べたいと言っていたらしいので相当嬉しそうだ。

 ふかふかの生地に蜂蜜がよく染みて、でもさっぱりしている風味なので全くしつこくない。

 「甘いねー!これだよこれ!女の子の行動源は甘さなんだよ!」

 ふっ、女の子なんてふざけるなよ。

 幸せそうに頬張る姿に見惚れてしまい、フォークとナイフが進まなかった。

  が、スマホの通知で目が覚める。

 海斗からのLINEだった、『誕生日プレゼントには早いけど、いいもの見つけたから8月18日の夜あけとけよ』

 おい、俺の誕生日は8月27日だぞ。


 「で、いい?」

 結局、電車が止まって帰れなくなることを想定してリラックマカフェを出たらもう帰ることに決めた。

 「あぁ、いいけど。」

 雨の強くなってきた空をちらっとよそ見した。

 俺は、あかねが嘘をついていると確信していた。1時間も遅れた理由は寝坊なんかじゃない。何か他に理由がある、というのも、あかねは寝坊をしているのだからここまで急ぐはずだ。

 あかねがここまで来た時は息切れもしていなかった、これは運動をしているのだからあり得る話なのだが。

 汗を全くかいていなかった。

 外で座って待っているだけでも汗が滲むほどの気温と湿気なのに、彼女は全く汗をかいていない。

 「お互いゆっくりできたね、雨も強くなってきたしそろそろ。」

 立ち上がろうとしたあかねの手を掴んだ。

 あかねは驚きもせずに、ゆっくりと俺の手から俺の顔までを見た。

 「なに、どうしたの?武瑠、らしくないよ?」

 「らしくないのはお前だろ、本当のこと話せよ。寝坊なんてしてないんだろ?あかね。」

 やっと目を合わせてくれたあかねに、俺は目をしぼめた。

 すると彼女はすとんっ、とイスに腰を下ろした。

 「ほんと、こういう時だけ鋭いんだから。」

 肘をついてコップをカラコロ鳴らし、机だけを見つめた。

 顔を見ると話せなくなるから、と、そのまま話を続けだした。

 「本当はね、武瑠。あなたと2人で会うのが怖かったの。」

 少し震える肩から、その言葉を受け取らざるを得なかった。

 話は高2の秋、文化祭が始まる時期に戻る。


 大西圭悟はとても穏やかで、いつでも誰かの意見に合わせるような人間だ。4人の中でもいつも俺たちに都合を合わせ、いつだって後ろを歩いていた。

 あの日、までは。

 1部のグループ内である写真が拡散されていた。それは圭悟が男とキスをしている場面で、さらに圭悟の裏垢まで見つけだし本当の彼が明らかになった。

 アカウントの内容からして、圭悟は同性愛者だったのだ。

 それから圭悟はトイレにいく度に、着替える度にからかわれる毎日だった。だが、もちろん俺たち3人はなにも変わらず接していた。それはなにひとつ気づいていなかったからだ。圭悟は必死に普通を装い、俺たちにはバレないように手を尽くした。

 嫌われるのが怖かったから。

 そして事件は文化祭最終日に起きた。

 校内を自由にまわれる時間、不幸にも圭悟以外は部活の仲間や先客がいて4人バラバラで行動していた。

 俺も友達との約束があるから、と嘘をついていた圭悟は1人、本当の彼を知るグループに呼び出されたのだ。

 人目のつかない理科準備室に入ると男5人に囲まれ、服を無理やり脱がされた。写真を撮られ、動画も撮られ。これから俺たちの言うことを聞かないとこれを晒すぞと脅された。

 文化祭が終わり、誰もが余韻に浸るその日から、徐々に圭悟は姿を消して。

 そして俺たちの前から、消えた。

 もちろん俺たちがなにもしなかったわけではない。圭悟がよく休むようになってから、メッセージを送ったり家にもよく行っていた。

 でも全部圭悟はいいように俺たちを騙して、俺たちには普通に接していたんだ。


 「いつかは、話さないといけないって海斗と話してたの。でも武瑠、あの時の喧嘩覚えてる?」

 喧嘩なんて滅多にしないので覚えていた。

 元々口が滑りやすい性格の俺は、一度あかねが好きな人を暴露してしまった。

 結局それはデマだったしあかねにもバレるわで大喧嘩になってしまったのだ。

 たまたま圭悟のことを知ってしまったあかねと海斗だが、必死に隠している圭悟に話せもせず、口が軽い俺にも言えずにいた、ということだ。

 「昨日の夜、武瑠に話すってことは決めてたの。でも私は圭悟のことを知っていたのに助けることもできなかった。」

 罪悪感、みたいなものがあかねに覆いかぶさっていた。

 でも、こんなに思い詰めさせてしまったのは俺のせいでもある。俺も一緒に考えられていたら。


 「今日は、なんか、どんよりしちゃったね。天気も気分も。今度は晴れてる日に行こうね、武瑠。」

 あかねが強がっていることがわかった。でも何も言わない。これも彼女が必死に隠している感情なのだから。

 もっと、甘えてくれてもいいのに。

 駅まで傘をさして歩いたものの、ズボンがびしょびしょになってしまったので何気なく裾を折って帰ろうと、したのだが。

 「え?武瑠、その足……。」

 青ざめた顔のあかねを見ていきなり心拍数が上がった。

 恐る恐る足の方を見て、

 唖然とした。

 人通りはなく、ただただ雨粒の音だけが響く駅のホームで、ありえない光景を俺は見た。


 「足が………透けてる?」

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