第2話 辛味
「あー、ちょちょちょ!」
補習終わり、海斗と歩いていると妙に肌黒い女に足止めを喰らった。
マウンテンバイクにまたがり、テニスラケットを背負ったそいつは高2の時同じクラスになった『石丸あかね』というスポーツウーマンだ。
「打越くんと武瑠やないですかー!補習終わり?」
そろそろそのおっさんくさい喋り方はやめてもらいたい。
「お前はいいよな、運動もできておまけに秀才で。」
「違う違う、確かに今そうだということは否定しないけどさ?武瑠くん、私は努力したんだよ!努力の賜物がこれなんだよ!わかるかね!」
あー、はいはい。熱量すご。
結局何を話しに来たかというと、明日からお盆休みに入るので高2の時仲が良かったメンツで一度遊んでおきたいんだとか。
そのメンツというものだが、俺、海斗、あかね、そしてもう1人『大西圭悟』という男がそこにいた。
高2の10月、文化祭の次の日から学校に来なくなり、俺がいじめにあっていたと知った時にはもうすでに退学していた。
つまりあかねが言うメンツというものはこの4人であって、圭悟のことも誘うということなのだろうか。
そうだとすれば、何も知らなかった、知ろうともしなかったこの俺は親友として、友達として彼に会えるのだろうか。
「ごめん、俺は親が実家に帰るのついて行くから無理だ。」
海斗がそう言うと、あかねは残念そうな顔で俺を見てこう言った。
「じゃあ、2人で行こっか!」
は?
その日の夜、あかねは墓参りやらで空いてない日もあるらしいので通話をしながらスケジュールを組んでいた。
「私、8月13と14は空いてないわー、だから15か16いける?」
毎年、俺もお父さんと一緒にお祖父ちゃんの墓参りに行くのだが実家に行くこともなく、お墓が特別遠い場所にあるわけでもないので行きたい時にお参りに行っていた。
「お前に合わせるよ、15でも16でも。どちらでも俺はいけるよ。」
2人で会う日は15に決定し、嵐山で遊ぶことになった。
集合場所、集合時間を決めてからお互いおやすみと言って通話を切った。
聞けなかった、昼に聞きたかったこと。
通話でなら、あかねの顔を見なければ聞けると思っていたのに。
あかねはあの時2人で行こうと言った。つまり圭悟は誘わないということだ。
だけどそれがとても妙であった、あかねが、仲が良かったメンツで遊びたいと言っておいて圭悟のことに触れないなんて。
きっと彼女は、あかねは圭悟のことが好きだったのに。
それか逆に俺たちのことを気づかって触れなかったのか?あの時、もう遅すぎて助けることも出来なかった俺は相当滅入っていたからな。
それか、何か俺だけが知らない暗黙の了解的なものが……。
「考えすぎか…。」
あれから2時間は経ったがやけに寝付けない。
脳裏にはずっと、お母さんの顔が浮かび上がっていて、見たことのないような表情で俺のことをじっと見つめていた。
その表情は、どんな感情なんだろうか。
ただ、ただ。泣きたくなるようで。
目を静かに閉じると、枕が何かで浸っていくことだけはわかった。
「今日は早いんだな。味噌汁、まだ温かいから飲むならよそうけど?」
「飲むー。」
お盆で休みになるのは部活や学校だけではないらしく、いつも早朝から出勤して遅くに帰ってくるお父さんがそこにいた。
髪の毛はまだぼさぼさで、眼鏡を付けてる姿をみるといつものお父さんのようでとても安心した。
うきうきしている様子を見る限り、いつもはお祖母ちゃんに作ってもらっている味噌汁だが、今回はお父さん特製の味噌汁になっているらしい。
元々料理は全くできない人で、上手く作れるのはカレーとクリームシチューだけ。
「‥…赤い…。」
赤だしという赤さではなくて、なんだろうこれは。辛そうな赤みなんだが?
「お父さん…?これ、味噌汁?」
すると自慢げに瓶を差し出した。
『豆板醤』と書いてある、確実に。
「お父さんな、この間TVで観たんだよ!これはなぁ、中国の味噌らしいぞ!」
終わった、この様子だと味見もしていない。
あぁ、胃もたれする覚悟で飲もう。
「ごめんなー武瑠。唇まだ腫れてるか?」
朝ご飯のおかげで唇が腫れ、お腹を下すという仕打ちを受けた。
前の席で運転するお父さんにルームミラーで見えるように睨みつけた。
20分程度車に揺られて墓地に着いた。
お祖父ちゃんの好きだったおはぎを片手にお墓までを目指す。
もう、うるさすぎて種類もわからないセミの雑踏に、ただ明確にお母さんの顔が浮かび上がった。
「あれ、先誰か来ちゃってたかー、花、買ってきたのになー。」
お父さんが残念そうに花の入った袋を地面に置き、おはぎを並べた。
二人でしゃがみこんで、手を合わせる。
目の前は闇になり、そして鮮明になった。
昔からそれが普通で、疑問を1ミリも抱かなかった。
そうだ、おかしいじゃないか。
どうしてお母さんのお墓だけないんだ。
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