宇宙避行士〜宇宙少年シリーズ〜

狗帆小月

【1】

第1話 苦味

 まだ鈍っている体に乾いたチャイムが響き纏う。鬱陶しく感じるのはこの暑さのせいか、それとも夏休み初日、補習で学校に呼ばれたせいか。

 「比べるまでもない……。」

 外では野球部とセミがこんなに声を荒げているというのになぜ俺はクーラーガンガンに効いた部屋で数学、国語、社会!?

 「不平等だ!」

 補習が終わった12時、俺は『打越海斗』という男とコンビニにいた。

 「あ、ごめん聞いてなかった。」

 この男、馬鹿だ。と言える立場かそうじゃないかと言われれば補習で呼ばれている同士、お互い馬鹿なのだが。どこか上の空というか別の世界にいるような奴だ。

 「だからさ、なんで部員は暑い中必死で練習しているのに俺らは恵まれた環境で勉強してるんだ?おかしいだろ、結局は先生達が楽しみたいだけなんだよ、職員室はどこよりも涼しいしさ。」

 お酒の代わりに缶に入ったサイダーを一気に飲み干した。海斗は「そうだね、興味ないけど」と言いたげに首を縦に振った。

 お互い高校3年生なわけで、進路がどうとかっていう話題がよくでていた。俺は特に夢は無く、警察官になりたいという夢を持っている彼にはとても感心していた。

 そういえば、なんで警察官になりたいんだろう。他人の夢のことにどうこう言う義務は無いが、なぜかそこに関与してしまうと良くないと思い、イートインコーナーから揺れるアスファルトを覗き込んだ。

 「そういえば、武瑠。お前あと1ヶ月くらいで誕生日だったよな。」

 「おー、感心感心。まさかあの海斗くんが俺なんかの誕生日を覚えてくれてるなんて〜。」

 うるせえわ、と。睨みつけたあとに海斗は今年はお互い補修で会うから祝ってやると言ってくれた。夏休みに誕生日を迎えると大概は直接祝ってくれる人がいないから、内心とても嬉しかった。


 誰もいないが一応「ただいま」とだけは言っておいた。まだ、クーラーもなにもついていないからほぼサウナ状態のリビングに一度座る。

 「あなたの温もりが、今日も思い出せないよ。」

 写真に写る彼女は肌白く、美しい。花で例えるとすれば夜に咲くユリが似合うだろう。そしてもう一つ例えるとすれば、夜に咲く星たちだ。あの光たちはもう死んでいる、という点でも共通点があった。

 こんなにも美しいものが、愛おしいものがもうこの世には無いものだなんて、誰が信じるのだろう。しっかりとここに見えるのに、ここに感じるのに。

 俺の母、梅岡空は13年前、つまり俺がまだ4歳の時に死んだ。保育園に、いつもは来ないはずの時間にお父さんが来たから喜んで飛びついた。でもその時のお父さんの顔が今でも頭から離れない。

 呑み込めないものを必死に喉に詰め込んだような、本当に初めて見る顔で、とても怖かった。

 今は理解できるのだが、その時お父さんは

 「武瑠のお母さんはね、空からきたUFOに、連れ去られちゃったんだ。」

 遠回しに『死』を意味するその言葉は、あの時の俺には難しく、あまりに単純な答えだけがそこにあった。

 俺のお母さんはもういない。

 冷房をMAXでつけて、キンキンに冷えた麦茶を飲んでため息を静かにした。

 お母さん、俺は今馬鹿で、夏休みだというのにほぼ毎日補習だらけだよ。賢くなったとしても、その先をまだ俺は決めてない。みんな将来の夢を持っててそこまで突っ走ってて、羨ましいよ。お母さん、お母さんなら俺になんて言うの?焦らないでいいよ、ゆっくり決めればいいよ、なんて言ってくれるのかな。

 お母さん、

 「俺、会いたいよ………。」

 麦茶を飲んだ後の口の中は、いつもより苦く感じた。

 

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