第25話 死と隣り合わせのランチタイム
「ユウリ様ーっ、私たちと一緒にご飯を食べませんか?」
「様? ううん、ごめんね。今日は先約があるんだ。また今度、一緒に食べようね」
おお、お金持ちだと断り方もうまいのか。きゃああと女子生徒は悲鳴を上げているし、彼がにっこり笑うとさらに悲鳴は増す。
あーあ、こりゃあ風向きが変わってきたかな。いままで遠慮していた連中が一斉に押し寄せてきそうだ。
などと思って雨ケ崎を見ると「なによ?」とごく普通の表情で見返してくる。あれぇ、お前こそユウリを狙っていたんじゃないの?
「お待たせ。屋上に行こうよ」
ぽんと肩に触れてきて、一呼吸遅れて女の子としか思えない香りが届く。なにこの極悪なワンツーパンチ。友達になりたいのか俺を落としたいのか、どちらかにはっきりさせて欲しいな。
ちらりと雨ケ崎を見ると、なぜか不機嫌そうな顔をしていた。
「ユウリ君って、まぶしくて少し目にキツいわね。あいだに遮るものが欲しいわ。なるべく誠一郎を挟んで私に話しかけてくれるかしら」
「雨ケ崎さんっ!?」
あー、と唸りながら俺はようやく納得する。
屋上に続く階段を上りながら、ショックを受けている様子のユウリに説明することにした。
「俺と雨ケ崎って基本的にネクラ属性なんだよ。陰キャともいうんだけどさ。要はスポーツマンとかアイドルとか、そういう連中を見ると自分たちの暗いところに気づいちゃうというか……痛いっ!」
尻にドズンと鈍痛が走って、俺は階段の途中でジャンプした。
「余計なことまで言わないで。私が暗いことは十分理解しているけど、あなたの口で言われるとイラっとするわ」
「なら口で言おう? 俺の尻を何度蹴れば気が済むの?」
「そうね、あと5回くらいで今日のところはスッキリしそう」
「ひどくないっ!?」
ぱちぱちとまばたきを繰り返すユウリは、胸に手を当てて深呼吸をしてからやっと落ち着く。
「びっくりした、喧嘩したのかと思った」
「あのな、こんなのは喧嘩にも入らないぞ。そういや雨ケ崎、前にちゃんと喧嘩したのっていつだっけ?」
「そんなの…………いつだったかしら」
はて、と互いに首を傾げる。
言われてみると確かにそうで、きちんと喧嘩をした記憶がない。いや、小競り合いは数え切れないほどあるんだけどな。
カッとして胸に溜まっているものをブチまけるのが本当の喧嘩だと思うんだけど、しばらく悩んでも思い出せるものはなかった。
「そっか、そういう関係なんだね。じゃあ仲良しだ」
「…………ちゃんと誠一郎を挟んで話しかけてくれるかしら。視界に入らないならなおいいわ」
「雨ケ崎さんっ!?」
おいおい、財産を狙っている相手がハンマーで殴られたみたいなショックを受けてるぞ。可哀そうだし可愛いから全力でずっと永遠に守ってあげようよ。
しかし逆に俺は驚いてもいる。
前にも言った通り雨ケ崎はコミュ障なところがあるのに、割と素の顔を見せるようになった。そのせいでミステリアスという真逆の評判となってしまったのだが……。
おずおずと顔を覗かせて、ユウリは静かな声で問いかける。あのさ、そうやって自然と脇の下に抱きつくのは胸がキュンとするからやめてくんない?
「雨ケ崎さん、ボクとお友達にならない?」
こらこら、そーっと誘いかけてきたユウリに嫌そうな顔をすんな。
困り果てはするけれど、もうひとつ俺は気づいた。それはユウリが良い意味で遠慮がないということだ。恐れ知らずにも相手にどんどん近づくし、たぶん優しい環境で育った恩恵だろう。
一方で雨ケ崎はというと、俺とどっこいどっこいの嫌な性格をしている。近づいて仲良くしようとする者は少なくて、だからこそ
「なるほどな。心配する必要はなかったのか。ユウリ、雨ケ崎はもう友達と思っていいと思うぞ。いててっ、無言で脇をつねるのはやめよう!」
「いいわ、別に友達になるくらい。それよりも誠一郎が勝手に認めるほうがずっと腹立たしいし」
良かったな。これで公認のお友達だ。
たらりと汗を流しているようだけど、自分で誘ったんだからもう返品はきかないぞ。
お昼休みの屋上はまずまずの天気の良さだ。
雲が出始めているし天気も崩れそうだけど、家に帰るまで問題はないだろう。
うんと伸びをして、ごく当たり前のように豪華な席につく。道端で見かけるおしゃれな喫茶店のような丸テーブルであり、きっかり3人分の椅子もある。
遠くにあるカウンターでスタッフが待ち構えている様子を見て、俺はこう呟いた。
「この環境にもだいぶ慣れてきたな」
「やっぱり人間はたくましいわね。カフェラテをいただけるかしら?」
うーん、それは群青君と雨ケ崎さんだからじゃないかなぁ、という心の声がユウリの表情から読み取れた気がした。
さて、それぞれ手にした包みを開くと、いかにもなお弁当が現れる。
「お、ユウリもしっかりしたお弁当を用意したのか!」
「うんっ、お母様がね、作ってくれたんだ。すごいでしょ」
やや不揃いな玉子焼きを見せびらかされて、モエモエがキュンキュンするよ、僕の胸は。ケチャップがあればハートをたくさん描いてあげたんだけどなぁ。
「あら、羨ましいわ。うちの母は一度も料理をしたことがないし」
「は? マジか? あのおっかない人だろ?」
「えっと、ボクのお母様も初めてだったらしくて……」
「日本の義務教育って、どうなってんの?」
君たちと一緒にいると、俺の価値観が狂いそうだよ。え、普通はそういうものなの? 違うよね?
ちなみに俺はだいたい自分で作っているし、なんなら雨ケ崎のぶんも作ったりする。昨夜はお泊り会だったし寝坊ぎみだったから、ものすごく簡単な弁当になったのは許して欲しい。
あーん、とユウリは口を開く。
そこに飛びこんでいくのは美味しそうなソーセージだ。もぐりと頬張り、そして大事そうに咀嚼をしてからぺろっと唇を舐める。
「むふっ、美味しい」
あーあ、だめだこりゃ。にっこりと俺まで笑ってしまう。気がついたら雨ケ崎まで同じ表情をしていたし、こちらの視線に気づいて咳ばらいをひとつしていた。
そしてユウリはちらりと後方を眺める。そこには制服姿の東堂がおり、なぜかこくりと頷き返す。
「? なんだ? 合図かなにか?」
「ねえ、群青君」
「ん、どうした?」
「昨日、ボクがもらえるはずのものがあったんだ。それは目の前で奪い去られてしまったけれど、いまでも食べたいなって思っているんだ」
だからほら、あーん、とユウリは小さなおくちを目の前で開く。女の子みたいな舌があり、また歯は真珠のように真っ白だ。
いや分かるよ。俺のタコさんウィンナーを食べたいんだろ。でもさ、そのおくちを見るといかがわしい妄想が起きかねないんだ。
おまけにギリィと睨んでくる東堂の恐ろしさよ。
なんでいま懐に手を入れている? まさかだけどアレを握っているわけじゃないよね。大丈夫だ。落ち着け。まだ射殺されると決まったわけじゃない。
――ひょいぱくっ。
ごく自然な動作でおくちに放り込むというだけで、ドッドッと心臓がおかしな音を立てる。
対するユウリはというと俺の気持ちなどまったく気にしていないらくし、もっくもっくと美味しそうに頬張っている。
そして……唐突にがたんっとテーブルに突っ伏した。
「どうしよう、お母様の作ってくれたものよりずっと美味しい」
うんうん。ありがとうね。
だけどスタッフ一同が懐から一斉に取り出したものを見て、俺と雨ケ崎はぎょっとしているからね。幸いにも彼らは安堵の息を吐いてアレをしまってくれたけど、雨ケ崎なんて初めて見るくらい瞳を真ん丸にさせているんだよ。
まったくおっかねえな、富豪ってのは。
いつになくお弁当をさっさと食べ終えたのは言うまでもない。
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