第19話 すべてのゲームはクソゲーと化す

 眠い。めっちゃ眠い。

 手にしたアイテムを見る限り、やはり古代迷宮は当たりだったが、そのぶん迷宮の規模も大きい。すでにゲームを開始して3時間ほど経っているが終わりはまだ訪れない。


 頭がぐわんぐわんするほど眠いけど、相方である雨ケ崎はすっかりゲームに集中しているらしく容赦ない。


「誠一郎、右よ、右。増援が来るから3秒後に対処なさい」

「わっかりましたーー」


 やけくそで返事をした直後、がしゃんと棺が内側から弾け飛び、無数のアンデッドが生み出される。


 そーれと放ったのは大斧で、直後、計5体のモンスターは上半身と下半身に分離した。


 さてと、得物がなくなって丸腰だけど、慌てず騒がず【剛糸ハウンド】を発動してヒュヒュンと斧に巻いてから一気に飛ぶ……というところで糸がぷつんと切れた。なんで?


 あー、これアレだわ。完全に雨ケ崎の嫌がらせだわ。死ね。


「あら、誤射をしたわ」


 ほんとなー、こいつなー、嫌がらせに関してだけは「おまえゲーム下手だったよね?」と疑問符が乱舞するくらい天才的なんだよなー。


 などと思いつつ狙ったところと全然別の場所に着地する俺。んで、運命かなって思えるくらい敵が大きな棍棒を振りかざしている。一歩間違えなくても即死コースだ。


「素手パリィッッッ!」


 んもー、素手で敵の手首をはじくという神がかったパリィを決めたのにさー、素手の追撃しか叩き込めないよー。

 などと嘆いている暇もない。通路の向こうに敵の群れが見えたんだ。無数の魔物が視界を埋め尽くすモンスタージャムの始まりだ。


「規模がデカい。当たりだぞ、雨ケ崎」

「あら、楽しみだわ。このために魔力を節約していたし、そろそろ本気を出すわ。踊れ踊れ、邪な者たちよ。紅蓮の炎に呑まれて死になさい」


 なにこの厨二病なセリフとか思うだろうけど、これにはボイス機能が搭載されていて、詠唱がそのままゲームに反映されるんだ。


 恥ずかしさという意味で抵抗感がすごいから使っている人はほとんどいない。だけど雨ケ崎は恥ずかしげもなく魔術詠唱を口にする。

 それによるメリットは大してないけど、こういう常にコントローラーを操作しなければならない大乱戦だと第二の手として一応と役に立つらしい。


 ――ずど、どおんっっっ!!


 うげっ、と悲鳴をあげて吹き飛ぶ俺。

 魔術特化している雨ケ崎は一撃がデカい。反面、巻き込まれかねない俺がヤバいし、そもそも巻き込まれているし爆心地だった。


 確か「気持ちよく敵を倒してストレス解消」というようなキャッチフレーズだったはずなのに、なぜか俺は爆心地から死にもの狂いで脱出している。

 数々の高評価など知ったことか。あいつと組んだ時点で全てのゲームはクソゲーと化すんだよ。


「あのさ、確実に俺を狙ったよね?」

「馬鹿ね、助けようとしたに決まっているでしょう。誠一郎の汚れた魂を浄化できるチャンスは幼馴染として決して見逃さないわ」


 なるほどね、成仏させたかったんだ。なら普段通りの雨ケ崎だし問題ないね。


 反面、ちょっとだけ安心した。

 ちらりと横を見ると警戒心のかけらもない雨ケ崎がおり、かすかな谷間を見せたままという隙だらけな様子に先ほどまでヤキモキした。だって顔だけは俺の好みのドストライクなんだもん。


 でもさ、これだぞ、これ。ブツブツと怪しい黒魔術を詠唱して、にやぁーと嬉しそうな顔をしていたらさ、どんなやつでも萎えるだろ?


「数が多いしさ、俺が引きつけるから好きなだけぶっ放していいよ」

「あら、大した余裕ね。なら手加減も無用かしら」


 え、手加減してたの? 嘘だよね?


「さっき敵じゃなくて俺を狙ったよね。なんで?」

「あなたの秒は秒でなくなる。万物よ、止まれ」


 ああーー、このクッソアマ! 範囲型の鈍化スロウをかけやがった!


 のろおっと泥のように重たくなった身体に悪態をつきながら、腰につけていた虎の子のグレネードにゆっくりと手を伸ばす。

 こいつはつい先ほどゲットした超文明の遺物であり、その希少性のため値が張る。でももう出し惜しみしていられる余裕はない。


 もどかしいと思うのは視界いっぱいの魔物どもが俺にゆっくりと近づいてくる状況だ。さらには遠く離れた場所で雨ケ崎がとどめの詠唱を始めている。


 これさあ、やっぱり確実に殺しにきてるよね。ようやく分かったけど、あいつの狙いは「独り占め」じゃない?


 こういう風にごくたまにだけどモンスターの異常発生がある。バグと思えるほどの数であり、普通であればなにもできずに殺される。しかしこの試練を乗り越えたとき、ごくたまに超低確率で……。


神器級ゴッド・レアのアイテムは、私がいただくわ」


 やはり女はほくそ笑んでいた。


 ふざけんなと文句を言いたくても彼女以外の全ての者が動きを大幅に制限されており、もちろんそんな状況を雨ケ崎が活用しないはずがない。

 そんな舌打ちさえまともにできない状況で彼女の指先が揺らめく。


飛翔フライ飛翔フライ飛翔フライ。無数の羽ばたきは死の便り。あまねく全ての者には死の祝福を。羽が散り散りになり息絶えるその瞬間、万物は地に倒れ伏す。飛びなさい、私の愛する死の使いよ」


 うわんっ、という不吉な羽音が広間に響く。雨ケ崎の姿がきちんと見えないのは目の錯覚などではなく、無数に羽ばたく羽虫によるものだった。

 迫りくる真っ黒いハチの群れに、俺の全身は本能的な恐怖で総毛立つ。


「おげえッ!!」


 広範囲無差別毒攻撃。あいつの選んだ最悪の手はそれだった。


 毒系統の最上位魔術。誘導性、威力、速度、全てにおいて文句なし。バランス調整待ったなしであり、道徳心のあるプレイヤーは禁じ手とする術でもある。


 しかし性悪な雨ケ崎であれば嬉々として使うに決まっている。しかも俺ごと鈍化スロウをかけてから。

 難度の高い詠唱にも関わらず、魔力を総動員して第七術式における「毒こそが汝の血であり酒である」を完成させたのだ。


「し、死ぬっ! 確実に死ぬっ!」


 ばぢゃあ、と端から順に死んでいく。あまりにも強力な毒が即死に至らしめているのだ。


 無数のポリゴンと化して全ての者が死んでいく。あと3秒で俺も死ぬ。だけどこう言う余裕がきっかり3秒後に生まれた。


「ただし、俺じゃなければな」


 どどお、と猛烈な衝撃波と共に真横に飛びながら、HPヒットポイントがゴリゴリ削れる状況であろうとも俺はほくそ笑む。指にはめているのは金属製のリングであり、それを見て雨ケ崎は瞳を見開く。


「至近距離のグレネードで離脱!? あなた、最初に私の手を見破ったわね?」


 そうだよと答えたいけど、そうはいかない。

 無数のヒビ割れを起こして壁にめり込んだし、降りた先には愛する大斧がある。ずしゃっと引き上げて、ようやく俺の見せ場がきたんだしさ。


 広間の敵が全て息絶えたなら、おかわりとしてモンスターの群れが入り口に殺到する。そこをゾキンッと筋力補正を存分に活かして叩き込む。


「おっほっ、気持ちいいなコレ」


 鼻歌を漏らしたいくらいだが、叩き込むごとに複数体の敵が死ぬ。地形と能力がピタリと噛み合った絶賛大フィーバーを迎えたらそんな余裕なんてない。

 でも挑発する余裕はあるんだよなぁ、これが。


「ウガちゃん、まさか息切れー?」

「だからそう呼ばないでって言ったわよね!」


 うわんっと鳴る音に「おっかねえ」と首をすくめる。

 数秒の間をおいて死の使いが到達すると、広間の入り口は地獄と化す。ただしモンスター側にとってのだ。俺はほら、こういう逆境に慣れきってるし。

 などと思いながらまたも大斧を俺は持ち上げた。



 サーバー上の保有数が決められている神器級のアイテムは半分くらい伝説の域にある。

 一種類につきひとつしか存在せず、また一度でも死亡したり3日ログインしなければ自動的に消滅するというシビアさだ。


 もうひとつシビアな点は、己の職業に合ったアイテムになるかどうかは運に任せるしかない点だろう。


 虹色の光をばら撒いて、消えてゆく剣を俺たちは見送った。モンスターの残骸や瓦礫の山に腰かけて、温かいお茶をすすりながらな。


 神器級のアイテムを手に入れられなかった悔しさもあるけどさ、美しさに魅入られて瞳を輝かす雨ケ崎を見たら、やっぱりなにも言えないよね。


「案外と面白いわ、このゲーム」

「みかん農家のバイトをして手に入れたしな」


 買ったときは、まさか身内から襲われ続けるとは思わなかったけどさ。いや、ちょっとは予想してたかな。


 そう思ってゲーム内ではなくすぐ隣の彼女に笑いかけると、そこには桃色のネグリジェを着た雨ケ崎がおり、うっすらと汗をにじませている。


 不思議そうな顔をする彼女だけど、その無防備さと着崩れた胸元、それに太ももの色気は、男性にとって苦悩するものだといつか分かって欲しい。

 くそっ、こっちの破壊力のほうがすごい。


 ずっと眺めていたいという欲望を振り払い、俺はまた真っ暗な窓の外を眺めた。

 予報によると明日は気持ち良く晴れるらしい。

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