第18話 今夜は血の雨が降るでしょう
しかし女心というのは良く分からない。幼馴染であろうともそうなのだから、男子である以上は一生理解できないのかもしれない。
唐突にして雨ケ崎がいったん帰宅すると、しばらくしてドアがノックされた。
あのさ、なんでノックすんの? いつもならガチャーッとおかんみたいな勢いで開くじゃん。逆に怖いしやめて欲しいんだけど。
「ど、どうぞ」
意味もなく背筋を正してそう言うと、ゆっくりとドアが開かれる。薄暗い廊下から現れたのは、異なる寝巻に着替えた雨ケ崎だった。
黒髪をサイドに束ねており、うっすらと頬を赤らめながら桃色の生地を手でにぎっている姿に俺は動揺を隠せない。魚かよってくらい目が泳ぎに泳いだ。
あかん。桃色のネグリジェだ。
キャミソール型だから太ももと肩が見えているし、こいつは黙っていると本当に可愛いから手に負えない。
いいからさっさとしゃべれや。毒を吐けよ、このアマぁ!
「……一生の不覚だわ。あなたへの対抗心でこんなものを着るなんて。ドアを開いた瞬間に後悔したわ」
「俺を見ながら深々とため息するのはやめろ」
うん、なかなか良い毒だったし、おかげで少し萎えた。
まあ、なんとなく雨ケ崎がしたかったことは分かる。
片手を後ろに隠しているのはたぶんスマホを持っているのだろうし、俺がだらしない顔をした瞬間にパチリと撮影する気だったのだろう。
まったく馬鹿なやつだ。こちらは座布団から立ち上がれない程度のダメージしか受けていないというのに。
案の定、ベッドにぽいっとスマホを放り投げて雨ケ崎はそこに腰かける。そのときネグリジェの裾がふわりと浮き上がり、かなり際どいところまで見えてしまい俺は硬直した。
「下らない色仕掛けなんてどうでもいいわ。誠一郎、あなたの言った『お泊り会』も似たようなものでしょう。私を動揺させる気だった……って、あなたどこを見ているのよ」
「今夜は夜空を眺めたい気分なんだ」
「?? ざあざあ降りの夜空を見たって……」
ピンとした表情で雨ケ崎は己の太ももに瞳を向ける。少々はだけた裾に気づき、それから猫みたいに素早い動きでスマホを手に取った。
「誠一郎、こちらに顔を向けなさい」
「は? 悪いけどいま忙しくてさ。明日でいいよね」
「…………あらそう。大した悪あがきね。どうせ何度も同じ顔をするでしょうし、そのときが楽しみだわ」
いまです。ナウです。激写しようとやっきになるあまり、背中におっぱいを当てていることに雨ケ崎は気づいていないし、鼻の下が伸びきりました。
というかね、本当にその恰好で激しい運動をするのはやめて欲しい。ちょっぴり胸元がはだけただけでかすかに谷間が見えてしまうし、本人は俺の情けない顔を激写することしか考えていないから隙だらけなんだ。
「ね、誠一郎。まずはお互いの目を見て話しましょう。あなたも言っていたでしょう。目を逸らすような奴はクズだって」
一度も言ってねーしクズじゃねーよ。
すぐ背後からそう囁いてくるあいだも、背中には弾力あるなにかが触れている。右、左、右、と連続ジャブを当てるのは心の底から「やめてくれ」と「もっとやってくれ」の感情が入り乱れる。
こうされると分かるけど、女子というのは本当にやわらかいんだ。
抱きすくめる腕もそうだし、代表格である胸以外だってみんなみんなやわらかい。ぷにゃっとしたやわらかさに頭がクラリとするし、おまけに女の子特有の香りに包まれては除夜の鐘を108回鳴らしても煩悩退散が追いつかない。
「~~~……っ!」
ヤバいヤバい。こいつの場合、無意識の方がヤバいしエグい。やめろよ、最初っからクリティカル攻撃を連発するのはさ。こんな顔で振り返れるわけないじゃん。
はーー、仕方ないから雨粒の数でも数えていよう。
連日のようにしとしと降り続ける雨のせいで、ここ最近の気温は低い。案の定、雨ケ崎はひざかけを使ってくれたので俺も一安心だ。
先ほどの停電もいまではすっかり元通りになったのも俺の味方をしている。なぜならば……。
「まだ寝るには早いしゲームでもしようぜ」
「いいけど、また私の足を引っ張らないでくれるかしら。あなたの面倒を見るのって疲れるのよね」
「……蜂蜜をよこせと言ったやつの言葉じゃないな」
などと言い合いながらクッションを運ぶ。床に寝そべっていたイザベラもそれに気づいて、俺と雨ケ崎、どっちに頭を乗せようか悩んでいる風だった。
魅力度としては拮抗しているので、ひざかけをどけて「おいでおいで」と雨ケ崎が招くと、あっさりイザベラは応じた。裏切り者め。
犬は寝床にうるさい。ぐるぐる同じ場所を周ってから、どすんと太ももに頭を乗せてくる。なるべくクッションの領域を奪い、かつ頭をしっかりと乗せる体勢にできなければ「なんか違う」という感じでまた最初からやり直すこともある。
しかしその光景に目を見張った。
ちょっと、やめてくれよ、ほんとマジでさぁ。そんな色っぽい服装だってことを完全に忘れて、脚を開いてあぐらを組むってどういうこと? 俺のこと好きなの?
「まあいいや、協力プレイのオンゲーにしようぜ。RPGのやつ」
「なら
「やだよ。お前いっつも俺を狙うじゃん」
「狙っていないわ。あなたが下手くそなだけでしょう? ただ、誠一郎の逃げまどう姿は滑稽で見ものなのは確かね」
ああ~~っ、このくっそアマぁぁっ! せっかく気を使ってお前の得意そうなゲームを選んでやったってのによぉぉぉ。
分かった分かった。やってやんよ。お前の得意領域で完膚なきまでにボコボコにしてやんよ。
こうしてのっけから険悪な雰囲気でゲームが始まった。
これは最大4人までパーティーを組めるゲームで、しかし俺たちはいつも2人で遊んでいる。というか楽しんでいる人たちを巻き込むのが可哀そうなんだ。前にやったら格闘ゲームかよってくらい敵をガン無視で殴り合うことになったし。
ゲーム内容はRPGライクなアクションで、迷宮や野外を駆けながら敵を倒す。
成長要素も多く、武器やスキルを自由に選択できるのが大きな目玉だ。
膨大なプレイ時間を求められるという悪評はあるもの、俺たちは「好きなときに2人で遊ぶ」というスタイルなので大して気にならない。
俺はもちろん大斧使いだ。
なぜ「もちろん」なのかというと、男というのは生まれたときから最大級の火力を追い求めるというロマンスの持ち主であり、どんな相手でも一撃で屠れるのが単純に気持ちいいんだよね。
だからキャラクターの体形はやっぱりゴリマッチョ。重量制限でパンツしか履けない潔さ、俺は嫌いじゃないぜ。
対する雨ケ崎は歪んだ性格を表すような職業、魔女を選択しており、頭から足の先まで真っ黒い色で統一している。その魔女は俺を見て、にたりと笑った。
「せいぜいお手柔らかにね」
こっわ。俺を殺す気で満々な目だ。やっぱりゲームって性格が出るよなー、と思いながらゴリマッチョは迷宮の奥深くまで進む。いいねぇ、この蛍光色のブーメランパンツ。たまんないね。
「お、古代迷宮かー。久々だな。ランダムで選んでいるし難度高いけど大丈夫か?」
「平気でしょう。あなたが足を引っ張らなければ」
「へいへーい。じゃあ進むか」
どうして目的地をランダムにしたかというと、単純に
リセットしても選んだフィールドを変えられないし、引き当てられたのは実はラッキーでもある。ただし、相方がこいつでなければな。
ぐう、とイザベラがいびきをかいたときに
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