第16話 死骸を貪るモノ

「うっわ、臭いわねぇ」


 桃太郎かぐやひめさほどあまり臭ひ臭い鼻覆ひ鼻を覆い顔を顰めけるしかめました


「当たり前だろ、死体が捨ててあんだから……」


 下人は、それらの死骸の腐爛せる腐乱した臭気に思はず思わず鼻掩ひける鼻を覆ったされどしかし、その手は、次の露の間瞬間には、いまもう鼻を掩ふ事忘れたりき覆う事を忘れていた。あるこはき心地強き感情が、おほかたほとんどことごとくこの男の嗅覚を奪ひつればなり奪ってしまったからだ

 下人の眼は、その時、はじめてその死骸に死骸の中に蹲れるうずくまっている人を見き見た檜皮色ひわだいろころも着し着た、背の低き低いやつれしやせた白髪頭しらがあたまの、猿のごときような嫗なり老婆である。その老婆は、右の手に火をともせるともした松の木片持ちきぎれを持って、その死骸の一つの顔覗きこむべく顔を覗きこむように眺めたりき眺めていた。髪の毛の長き長い所を見ると、おほかた多分女の死骸ならむ死骸だろう


 下人は、六分の怖れ恐怖と四分の物見高さ好奇心に動かされ、ひとしきり暫時は呼吸するだにするのさえ忘れたりける忘れていた。旧記の記者の語を借りば借りれば・・・


「いいから早く行きなさいっ!!」


「グハッ!?」


 下人は桃太郎かぐやひめに後ろよりから強かに蹴飛ばされ蹴り飛ばされまさなきみっともない声あげて声をあげて大仰に大袈裟に転びにけり転んでしまいました

 老婆は、一目下人を見るや見るとひとへにまるで弩にも弩にでも弾かれけるがごとく弾かれたように飛び上りけり飛び上がったろうば死骸つまずきつつつまづきながら惑ひふためきて慌てふためいて逃げゆきける逃げて行きました


「あっ! ホラ!! 逃げるじゃない! 何してんのよ!?」


「お、お前が蹴ったんだろ!?」


「うるさい! 早く追いなさい!!

 それとももっと蹴られたいの!?」


 桃太郎かぐやひめの形相に下人は驚きて驚いて惑ひて慌てて立ち上り、老婆追ひかけける追いかけました

 下人はつひにとうとう老婆腕つかみ腕を掴んであながち無理にそこへ捩じ倒しけるねじ倒しました。丁度、鶏の脚のごときような、骨と皮ばかりの腕なり腕である


「捕まえたぞ!

 ここで何をしていた!?

 言え! 言わんとこうだぞ!?」


 下人は太刀を抜きて抜いて老婆の目の前の床に突き立てける立てた


「ひぃぃ~、お助けぇ~」


「ちょっとアナタ何してんのよ!?」


 桃太郎かぐやひめの怒りたればが怒こったので、下人は驚きける驚いた


「え!? 何で!? アンタ捕まえろって言っただろ!?」


「バッカじゃないの!?

 相手はお婆ちゃんじゃないの!!

 それなのにそんな刀なんか抜いて、何考えてんのよ!?

 どきなさい!

 ホラ、早く放して!!」

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