第15話 楼上の様子

 それよりそれから、何分かの後なり後である。羅生門のたかどのの上へいづる出る、幅の広き広い梯子の中段に、一人の男が、ねこまのごとくネコのように身ちぢめ身をちぢめ、息を殺しつつ殺しながら、上の容子ようす窺へりうかがっていた


 たかどのの上よりからさす火の光が、はつかかすかに、その男の右の頬をぬらせりぬらしている。短いヒゲに、赤くうみ持ちし持った面皰にきびさるある頬なり頬である。下人は、始めよりから、この上なる上にいる者は、死人ばかりとたか括れりくくっていた。それが、梯子をさん上り上って見ると、上には上では誰か火とぼし火を灯してさるはしかもその火をそこここと動かすらむ動かしているらしいこはこれは、その濁りしにごった、黄いろい光が、隅々に蜘蛛くもの巣をかけしかけた天井裏に、揺れつつながら映れば映ったのですなはちすぐにそれと知れけり知れたのである。この雨の夜に、この羅生門の上に、火ともしたりては火をともしているからにはおなじくはどうせただの者ならずではない


「ちょっと、早く登りなさいよ!」


「シィーッ! 静かに!」


「何よ、どうしたの?」


「誰かいるんだよ!」


「そりゃ誰かいるから死体が投げ捨てられたんでしょ!?

 さっきから一人でブツブツ言っちゃって……

 自分の行動をいちいちナレーションしてキモいんですけど!?」


「いや、だから静かに!」


 下人は、守宮ヤモリごとくように足音ぬすみ足音をぬすんでやうやうやっととみなる急な梯子を、一番上の段まで這ふべくし這うようにして上りつめける上りつめたさてもそうして体をずいぶん出来るだけたいらしつつしながら、頸をずいぶん出来るだけ、前へいだし出して、恐る恐る、たかどの内覗きて見ける内を覗いて見た


 見るに見るとたかどのの内には、噂に聞きし聞いた通り、幾つかの死骸が、しどけなく無造作に棄てられたれど棄ててあるが、火の光の及ぶところの範囲が思ひしより思ったより狭ければ狭いので、数は幾つともわからず分からない。ただ、おぼろげながら、知るるはわかるのは、その中に裸の死骸と、ころも着し着た死骸とがあなりあるという事であるもとより勿論、中には女も男もまじるらむまじっているらしいさてもそうして、その死骸は皆、それが、かつて、生きたりし人生きていた人間云ふ云う事だに事実さえ疑はるる疑われるほど、土捏ねて土をこねて造りし造った人形のごとくように口開き口をあいたり手延ばしし手を延ばしたりして、ごろごろ床の上にころがれりころがっていたさるはしかも、肩などとかなどとかの高くなれるなっているところ部分に、心もとなかりしぼんやりした火の光うけ光をうけて、低くなれるなっているところ部分の影をいとど一層暗くしつつしながらとこしへ永久おし如くように黙りける黙っていた


「ねぇ、さっきから何ブツブツ言ってんのよ?

 早く上がんなさいよ!」


「シィーッ!! いいから、もう少し静かに!!」


「いつまでこんな梯子はしごの途中でグズグズしてんのよ」


「分かったから、今あがるから!!」


「もう、とっとと言ってくれる!?

 アナタのお尻なんか見上げてたくないんですけどーっ!!」


「だから見つかるって! シィーーーッ!!」

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