第11話

「お邪魔します」


「こ、これどうぞ、奥で待っててください」


加藤さんにスリッパを差し出される。


「ありがとう」


俺は加藤さんに貸してもらったスリッパを履き居間へと入る。


すると視界に入るのは、ちゃぶ台、畳の床、壁に沿っておいてある小さなテレビ。どこか昭和チックな雰囲気を漂わせる。加藤さんはレトロな感じが好きなのだろうか?


周りを見渡しながらちゃぶ台の前に座る。


このアパートの部屋は居間とキッチンがふすまで仕切られており全体的に小さい。


今はふすまが開けられているので加藤さんがスーパーのビニール袋の中をあさっている姿が見える。これから料理を作るようだ。


そんな加藤さんを見ると今女子の部屋に入っていることを強く意識させられてしまう。


昼休みにも思ったが、加藤さんは美人である。少し茶色がかった長い髪にクリっとした可愛い目。それに胸が大きい。いつも大人しくしているのであまり気がつかなかったが。


いわゆる隠れ美人というやつだ。


話が変わるが外と同様にこの部屋、暑い。クーラーが無いか上を見たがどうやらないらしい。


わがままだな。


暑いが今はまだ6月の前半である。夏に入ったばかりなのでまだ耐えられる暑さだ。クーラーがある生活に慣れてしまっているのだろう。文明って怖い。


俺は手で仰ぎながら加藤さんにテレビをつけていいと言われたのでテレビを見ながら恐ろしいものを待った。



─────────



午後6時。公園の鐘も鳴るころ。


「あ、あの出来ました」


加藤さんは恐ろしいものが入っているであろう料理を俺の前に置く。


前に置かれたのは、白い器に盛りつけられたジャガイモと肉それにニンジン。


「肉じゃが?」


「は、はい、ジャガイモとお肉が丁度あったので肉じゃがにしてみました」


「お、おうそうか」


俺は肉じゃがは比較的好きだ。ニンジンも肉と一緒に食べればニンジンの食感や味など感じないのでギリギリ食べられる。


だが、俺は前に置かれた肉じゃがを見て戸惑いを隠しきれなかった。


で、でかい·····


俺がいつも食べているコンビニの肉じゃがではニンジンは小さかった。しかし、今おかれているのはコンビニのニンジンの二倍はある。


とても肉と一緒に食べても食感や味がまぎれる気がしなかった。到底食べられる気がしない。


「あ、あのこれなんでこんなに大きいのかな?」


「あ、え、お、大きかったですか?」


「い、いやコンビニと比べたら·····まあ」


「え、ご、ごめんなさい、お、大きい方が喜ぶかなって思ったんですけど、やっぱダメですよね、い、今かたずけます」


加藤さんはそう言って俺の器に手をかける。


「い、いや驚いただけ!コンビニのと比べて大きかったからうれしさのあまり驚いてただけだよ」


俺は加藤さんの器を取ろうとする手の手首を掴み静止させる。


「え、そ、そうなんですか。よかったぁ」


加藤さんは、ほっとしたような顔になり今にもとろけそうな笑顔で微笑んだ。


うっ。


この笑顔にドキッとしない方がおかしい。俺は加藤さんの白く柔らかい手首を掴んだまま加藤さんを見ていた。


そんなドキッとした一瞬がダメだったんだ。




「ただいま~」


「お、お母さん?!」


「ん?·····あらあら、美咲がうちに男連れ込んでイチャイチャするなんて」


ふすまは開いたままで玄関から丸見え。さらに俺が加藤さんの腕を掴んでいたということもあり、状況としては完全に仲のいい男女もしくはカップルにしか見えない。


「え、あ、え、ち、違うよお母さん!」


お母さんにこの光景が見られた途端、急にしどろもどろになる加藤さん。俺も加藤さんの手首を掴んでいたその手を咄嗟に離す。


「いいのよ、私はその方がうれしいし」


加藤さんのお母さんは優しい笑みを浮かべながら靴を脱いで荷物を下した。荷物を下ろすと同時にお母さんの後ろからなにやら慌てた様子で人が入ってきた。


「お姉ちゃんが家に男を?!」


その人物は靴を履いていることなど忘れ土足でこちらにやってきた。


「お姉ちゃんは渡さない!」


どうやら加藤さんの弟らしい。弟くんは加藤さんを小柄な体でギュッと抱きしめる。


「海斗!滝原くんに失礼でしょ!滝原くんは私の荷物を運んで、ニンジンもくれたんだよ!だからお礼をしているの!」


「え、で、でも·····」


「はい、謝りなさい!」


「ご、ごめんなさい」


弟さんは加藤さんに怒られ俺に謝ってくる。


いや、そんな弟くん悪いことしてないと思うけどなぁ。


そんなことを思いながら、


「いや、大丈夫だよ。加藤さんは奪わないから」


「う、奪うって」


俺が弟さんに返した言葉にを聞きなぜか顔を真っ赤にする加藤さん。「奪う」という言葉に反応したらしい。


よくよく考えたら奪うってなんかちょっとあれだ…。


そんな弟さんとの会話の中、加藤さんのお母さんが間に入る。


「滝原くんっていうの~?あ、そうだ!美咲の卒業アルバム見る?」


卒業アルバム。それは恋人が相手の親御さんに会いに行った時に大体見せれられるものである。


どうやらいろいろと勘違いをしているらしい。


「な、なんで、そ、卒業アルバムをた、滝原くんに?!やめてよお母さん!」


「え~いいじゃないの~」


当然そんなの見られる当事者が一番嫌である。さらに見せようとしているのはただのクラスメイト。これ以上ない恥ずかしさである。


だがそんな娘のことをスルーして一人ノリノリなお母さん。


俺は普通に加藤さんのお母さんの勘違いを訂正しようと思ったのだが、今にでも羞恥心で頭の中が爆発しそうな加藤さんを見て少しからかってみたくなってしまった。


意外と自分、Sなのだろうか?


「加藤さんの卒業アルバム?ちょっと、見てみたいですね」


俺はノリノリな加藤さんのお母さんに言う。


「あら、やっぱり見たい?いいわよ!今取り出すわ」


「え、ちょ、ちょっと!な、なんで!た、滝原くん、ほ、ほんとに…見たいの?」


「ああ」


「ほ、ほんとなんだ」


加藤さんはそう言い残すとすっかり黙り込んでしまった。


そして、20分ぐらいたつと、物置から加藤さんのお母さんは卒業アルバムと思われる分厚い本を持ち俺の座っているちゃぶ台の前までくる。


ちゃぶ台の周りには20分前からフリーズしたままの加藤さん、それに明らかに不機嫌な弟、海斗くん。


そして、ちゃぶ台の上に加藤さんが作った肉じゃががあるはずなのだが…無い。


20分のうちに食べたのだ!誰か、素直に俺を褒めて欲しい。


嘘をついた。俺はただ美味しい物を食べただけだ。褒めるなら加藤さんにだな。


おそらく、コンビニの肉じゃがの味であんな大きさのニンジンだったらとても20分じゃ食べられない。今もその肉じゃがと戦っているだろう。


だが、加藤さんの肉じゃがはニンジンがあの大きさでよかったと思えるほど美味しかったのだ。しっかりと出汁がニンジン、当然ほかの具にもしみわたっていて口に入れた瞬間とろけていろいろな旨みが口の中を支配した。


あれは凄かった。



「はい、これよ、美咲の卒業アルバム!」


俺がさっきの加藤さんの肉じゃがを食べていた時の愉悦に浸っているとそれをかき消すように加藤さんのお母さんは言う。


「おぉ、これですか」


その後、俺は長い時間加藤さんの小学校時代の話を聞かされることとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る