第10話
つけていくと加藤さんはカフェテリアを素通りしていった。
俺は、若干不思議に思いながらこそこそとつけていく。
俺なんかストーカーじゃね?
つけている間にふとそんなことを思う。
「一人の女子生徒をこそこそと追う男子生徒」というこの構図。明らかに男子生徒はストーカーである。
しかし、悪いが今はストーカーをしなければならない。
というか、これは別にストーカーではない。これは加藤さんと話すためにつけているのであって、やましい目的でつけているんじゃない。合法だ合法!
誰にも見られないようさっきよりも慎重にいく。
そして意外なことに、彼女はカフェテリアを素通りしていくと、校庭の端の方歩いて行った。
校庭の地面は人工芝で、転んで怪我をしたり寝転んで汚れる心配もないのでよく生徒は昼休みここで遊んでいる。
しかし、今は昼休みの最初の方の時間ということもあり、生徒たちは教室かカフェテリアで昼ご飯を食べているため校庭は閑散としていた。
そんな校庭の端のベンチで彼女は弁当を開き食べ始める。
これは、俺にとってチャンスである。誰もいない中二人きりでしゃべることができる絶好の機会。これを逃すわけにはいかない。
しかし、ここ二年ぐらい女子と話したことがない俺(飯塚さんは除く)。
どうやって話しかけよう。話しかけ方が分からない。
さらにお互いが知っている相手ならまだしも、今話しかけようとしているのは初対面、ましてやクラスでいつもおとなしくしている女子。
そんな子に話しかけるなんてハードすぎる。
だがこんな所でくよくよしていたら何も始まらない。
俺は、かくついた動きで加藤さんのそばに行った。
「あ、あの…ごめん。少し伺いたいことがあるんだけど…」
勇気を出し、必死に口を動かす。
俺が話しかけると加藤さんは弁当のおかずを食べる手を止め俺を見上げた。
「…なんでしょうか?」
彼女は今にも途切れそうな声で返答してくる。
「あの、クラスグルの動画のことで少し·····」
「あ、え、あ、あのごめんなさい!少し用事ができたので」
「え、あの」
俺が本題に入ろうとすると加藤さんはそう言い食べていた弁当をかたづけ、走り去っていった。その際弁当に入っていたウインナーが芝生に落ちたが、そんなこと気にもせず。
俺は落ちたウインナーを拾い近くのゴミ箱に捨て、走り去る加藤さんを見る。
その姿はまるで何かに怯えているようにも見えた。まあ、気のせいだろう。
「悪いことしたな」
俺も聞きたいことがあるとはいえ弁当を食べるのを邪魔するつもりはなかった。
教室に戻ったら謝ろう。
そう思い教室に戻った。
─────────
「はぁ~」
深くため息をつき、夕方の買い物に来ている主婦やおばあさんなどでにぎやかな道をとぼとぼと歩く。
ため息をつくと幸せが逃げるよなんて祖母などから言われたことがあるが、今の俺に逃げるほどの幸せなんてない気がする。
まあそんなことは置いといて、あの昼休みの後何度も加藤さんに謝ろうとしたのだが俺が近づくとすぐ逃げてしまい、結局今日は何もできなかった。
そして今、焦りすぎたなと反省しながら家の最寄り駅「落星駅」から家まで歩いているわけだ。
「落星駅」から家までは徒歩でおよそ20分ほどかかる。最初はバスか自転車で行こうとしたのだが意外にも徒歩でも行けるということを入学して一週間ぐらいたったころ知り、そこからは徒歩で行っている。
流石に一年間同じところを歩いていると当然顔見知りもできるわけで·····
「お、和人君やないか?」
「あ、こんにちわ土井さん」
「久しぶりやな~、ほれニンジン持っていき」
この人は、八百屋の店主で野菜を運んでいる時善意で手伝ったら仲良くなった。今もニンジンをもらった。
「あ~、ありがとうございます」
俺は微笑みながらたくさんのニンジンが入った袋を受け取る。そんな俺の心の中は全く微笑んでなどいなかった。
今回はニンジン·····。
そう、俺はこの土井さんから会うたびに野菜をもらうのはいいのだが、肝心なことに自分で料理ができないのだ。帰った後、途方に暮れ塩を振りかけて食べているのは言うまでもない。
さらに今回貰ったのはニンジン。俺の嫌いな野菜ランキングぶっちぎりの一位だ。ニンジン美味しいじゃんという人がいるかもしれない。うるさい、嫌いのものは嫌いなんだ。
俺は土井さんに挨拶をしてニンジンとにらめっこをしながら家へと向かう。
「食べたくない、食べてくねえ」
独り言をつぶやきながら、いつもカップラーメンやコーヒーの粉などを買ったりするスーパーを横切る。
すると前の方の出口から自分と同じ高校の制服を着た女子高生が出てきた。その女子高生の両手にはあふれんばかりに野菜や果物が入った袋。
後ろから見る限りとても重そうで、なんというか危なっかしい。
そして見事に俺の予感が的中する。
「きゃっっっ」
女子高生は、バランスを崩し盛大にずっこけたのだ。
見ていてとても痛々しかったので、すかさず駆け寄る。
「大丈夫ですか」
「ぅぅう」
やはり痛いらしく声がおぼつかない。だがそんなことよりも俺はこの声に気を奪われていた。この聞き覚えのある声。
慌てて女子高生の顔を見る。
「え、加藤さん?」
その女子高生は加藤さんだった。
俺の声に気づいたのか目を見開く加藤さん。
「あ、あの時の·····」
加藤さんは、俺の顔を見ると不安そうな表情にみるみると変わっていった。そしていきなり立ち上がり袋から飛び出した野菜や果物を拾っていく。
俺も拾うのを手伝い、拾った野菜を自分のニンジンの入った袋に入れる。
「え、それ」
俺の行動に戸惑う加藤さん。
「俺も持つよ、さっきもだけどこんなに持てないでしょ」
俺はそう言い加藤さんの持っている二つの袋のうち一つを手に取る。案の定重かった。
「だ、大丈夫です。一人で持てますから」
「いや、持てないでしょ。さっき見たところバランス取れてなかったし」
「あ、それは」
加藤さんは図星を突かれたらしく声が小さくなっていく。
「まあ、加藤さんの家まで運ぶよ」
「え、あ、ありがとうございます」
「暇だし、大丈夫」
と、まあ、こんな感じで加藤さんの家まで荷物を運ぶことになった。
────────
「ここです」
加藤さんは二階建のごく普通のアパートの前で止まり指を指す。
アパート?一人暮らしか?
俺は疑問に思っていると加藤さんは俺が運んだ野菜たちを取り、アパートの一階の一室に入っていってしまった。
待っていると加藤さんはまた戻ってきた。荷物を置いてきたらしい。
「荷物運んで下さりありがとうございます」
そう言ってお辞儀をする加藤さん。
「いや、俺も家近いから別にそこまでお礼しなくてもいいよ」
あのスーパーと加藤さんの家との距離はとても近かったのでそこまで感謝されるようなことはしてない。
「い、いや、けど運んで下さったので」
「けど、俺謝んなきゃいけないことあるし」
「謝る?」
昼休みのことで俺は謝らないといけない。
「昼休み、昼ご飯の邪魔してごめん」
俺は頭を下げる。
「え、あ、その、別に怒ってないですよ?」
「けど邪魔した事は本当だから」
「でも野菜とか運んで下さったのでお相子です」
「まあ、そうだけど…」
「そ、そのことはいいんです。あの、少し話変わるんですけど、このニンジンどうすればいいですか?」
そう言いながら右手にあるニンジンの入った袋を俺の方に差し出した。
正直チョーいらない。
「ああ、それ全部あげるよ。俺料理とか出来ないし」
もちろん料理が出来ないも理由としてあるが、1番はただただニンジンが嫌いなだけだ。だがそんなこと恥ずかしくて言えないのでもう一つの理由を言って濁す。
「そうですか?で、でもそんなの悪いです。やっぱりお返しします」
「いや、いらないかな。うん、いらない。あげるよ、今日のお詫びだから」
頼むから俺の手には来るな。
「そ、そんなに言うなら·····。あ!一緒に食べましょう!」
「一緒に?」
お詫びとしてなら引き下がってくれると思ったが甘かった。加藤さんは、一つの提案をしてきたのだ。
「はい!料理が出来ないんですよね?それなら私が料理して食べればいいと思うんですけど」
「え〜っと俺も食べるってことかな?いや、いらないよ大丈夫だから一人でいっぱい食べて」
「い、いやこんなに貰って罪悪感が残るので一緒に食べてください」
加藤さんは涙目で言う。
そんなの見たら俺は、
「え、じゃあちょっとね。ちょっとだからね、本当にちょっとよ」
こうして俺はニンジンという恐ろしいものを食べることになってしまった。
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