第9話

『────なんでお母さん死んじゃったの?!』




『──ごめん、あの時私が────ば』




『────なんでお父さんテレビ出てるの?ねぇなんでよ!ねぇ!』








「うわぁぁっ、はぁはぁはぁ」


ソファから飛び起きる。


「またこの夢か·····」


寝巻きは汗のせいで湿っていた。




『あ、すみません。奈美子さん』


『もしもし、和人君、元気にしてる?』


駅のホームでは通勤・通学ラッシュということもありスーツや制服を着た人でごった返している。行く人々は週の始まりということもあり負のオーラが漂っている。


俺も一応その一人だ。


そんなギスギスした雰囲気のホームの中で俺は、叔母である奈美子さんに電話をかけていた。


『あ、はい。いつも通り元気です。奈美子さんは?』


『うふふ、バリバリ元気よ』


言葉通り元気そうな声が聞こえてくる。


『あ、そーだ。昨日、祖母の家に行ってきました。とても元気そうでしたよ』


『あら、そうなの?お母さんいつも畑仕事してるからね~、そりゃあ、元気よ』


『あ、和人君、先週の……』


この後、10分程、自分と奈美子さんは談笑した。


この電話は、高校入学と同時に一人暮らしが決まった時に、決めた一か月に一回、最近の出来事を話すというルールでしている。


なぜその相手が奈美子さんなのかというと、母親のからここまで育ててくれたのは紛れもない母の妹である奈美子さんだからである。


母の死の直後の自分は心を閉ざし切っていたが、奈美子さんのおかげでここまで立ち直れた。感謝しかない。


『ありがとうございます。俺のわがままで一人暮らしもさせて貰ったのに…こんなに優しくして下さって』


色々話し終えた後、俺は改めて奈美子さんにお礼を言った。


しかし、


『いや、優しくなんかないわ……。こんなの自己満足みたいなものだから…』


『あと、一人暮らしのお金も姉が稼いだものだから感謝するならあなたのお母さんに感謝しなさい』


途端に奈美子さんの声が重くなる。


『はい、お母さんには感謝しかありません。でも奈美子さんも同じくらいに感謝してますよ?』


『え〜照れるな〜、これからもどんどん頼りなさい!』


さっきまでの声が嘘みたいに明るくなった。うん、やっぱりこっちの元気な声の方が奈美子さんには合っている。


『少しは遠慮しますが、とても困った時に頼るかもしれません』


奈美子さんはいつも「頼りなさい」と言ってくれる。俺はだいたい「大丈夫です」などと言っているが、今回は奈美子さんの善意が無駄になってしまうと思い、素直に受け取った。


『和人くんが頼るって言ってくれるなんて珍しいわね。ま、とりあえず今日は学校でしょ?早く行った方がいいんじゃない?さっきからホームのアナウンスが聞こえてくるわよ』


『あ、バレましたか。少しぐらい遅れてもいいかなって思ったんですけどね』


さっきから俺は学校の最寄り駅「七星駅」に行く電車を来る度来る度逃していた。少し早めに出たからいつも通りの時間に着くと思うが。


『私の耳はごまかせないわよ!』


いや、普通の人ならこの大きいアナウンスの声は聞こえるでしょ。


『あはは、じゃあ学校行くので切りますね』


俺は棒の笑いを繰り出した後、電車に乗り込み学校へ向かった。




七星駅から高校まで歩いている途中。


俺は難しい顔をしていた。他人から見るとまるで、餌を食べたいが餌がなくて困っているゴリラのような顔だろう。そんなゴリラの顔見たことないが。


難かしい顔をしている理由。それは当然今日から「飯塚さん救出大作戦」の始まりの日だからである。


何度も言うが飯塚さんに対して、俺はまだムカついている。しかし、母親のような二の舞は避けたい。


ここでほっといたらお母さんに天国から怒られると思うしな。


俺は改めて飯塚さんを助ける理由を自分の中で明確にし、今日のことを考える。


「飯塚さん救出大作戦」の今日、俺はあの嘘告の動画をクラスグルに流した加藤さんと話をしようと思う。


加藤さんはいつも俺と同じように隅っこで本を読みながらずっとおとなしくしている人である。なのになぜこんなに目立つようなことをしたのか?


俺はそれが知りたい。この作戦の第一歩だと思うから。







いつも通りの賑やかな教室。だが、当然飯塚さんが前にいたはずのポジションに当人はいない。


「光」


俺はホームルームが終わった後、光の席まで行き彼の肩をトントンと叩いた。それに気づいた光は驚いたような顔をした。


「お前から声かけてくるなんて珍しいな。どうした?まさか!恋をしたくなったとかか?!なんだ~、それならこの俺!恋愛の神!いやゴッド!井上光に任せろ!」


「いや、違うわ、なんで俺から話しかけたら恋愛の話になるんだよ」


そもそもなんでお前が恋愛の神なんだよ。顔はいいがこの性格で寄ってくる女子なんかいんのか?てか、まだ付き合ったこともないだろ。あと神とゴッド同じ意味だし。


「え?恋愛じゃないのか。じゃあなんだ?」


「ちょっとついてこい」


俺はあまりにも光の声が大きく、周りの人にチラチラ見られるので光の腕を掴み、無理矢理教室から出た。


「お、おいちょっとなんだよ」


「お前の声が大きすぎんだよ、大体自分で恋愛の神とか言って恥ずかしくないのか?」


「全然」


ここまでくると尊敬の念が出てきてしまう。


「まあ、いい。聞きたいことってのは加藤さんのこと」


「加藤さん?」


俺がそう言うと光は考え込むようなそぶりをして俺の顔を見る。


「嘘告のことか?もういいだろ、あんな酷いことの事なんか思い出さなくて」


光は俺を心配してくれたのだろう。こいつは空気は読めないが思いやりのあるやつだ。あんなこと思い出すなとでも言いたいのだろう。


でも、俺は、飯塚さんは助けなければならない。


「違う。単に気になっただけだ」


「気になった?それって恋じゃん!さてはさっきみんなの前で恥ずかしくて言えなかったんだな?よし改めてこの恋愛の神!いやゴッド!井上光がその恋愛を成就させて差し上げよう」


どうやらうまいこと勘違いしてくれたらしい。このまま突き通そう。


「まあ、そんなとこだから、なんか加藤さんについて知らない?」


「お、ついに認めたか!ん~、加藤さんのことか~」


「あ、なんかこの間スーパーのチラシ持ってたな、たぶん節約家なんだろうな~」


節約家か。けど、高校生でスーパーのチラシなんか持つか?


「ほかには?」


「他?う~ん·····ないわ、あの人おとなしいからよく分からないや」


「そうだよな、ありがとう」


「おう!恋愛の相談ならいつでも来いよ!この恋愛のk──」


光との話が終わり4時限目が終わるとクラスの大半は机の上に弁当を広げだす。そして残りの少数はというとカフェテリアで弁当や買ったパンなどを食べるため教室を出ていく人たちだ。


ちなみに俺はいつも光と教室の端っこで弁当を食べている。


加藤さんはどっちなのだろうか?


ぼーっとしながら眺めていると、加藤さんは教科書などを引き出しにしまい、弁当を持って教室を出て行った。


どうやらカフェテリアで食べるらしい。


俺は話をするため、自分の弁当を持ち彼女のあとをつけることにした。

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