逢魔が刻の古本屋にて

夕闇が天井から垂れ込む古本屋に客は少女がひとり。

少女は探している本はないが、毎日のようにこの店に居た。

棚に並ぶ背表紙を見て、気になった本を立ち読みしていた。

「本の文字は残酷だと思わないかい?」

客は自分ひとりだけと思っていたので、意識の外から話し掛けられて心底驚いた。

「これとか正にだよ」

体を棚の方に向けたままのおじさんが手にしていたのは、町の市史だった。

「空襲でおおよそ千人の犠牲者ってさ。各々に名前があって人生があったのに。過去を文字に表すとこんなに短く纏められてしまうんだ」

ゆっくりと体をこちらに向けるおじさんの半身は真っ黒に焦げていた。

「見えているなら僕の話を聞いてくれないか?」

少女は不思議と、明らかに人ならざる彼に恐怖を抱かなかった。

「君の事はよく知っているよ。いつもこのお店に居るからね」

何故、恐怖を抱かないのか?

それは、少女は孤独だったから。

自分を知っている人がいるのが嬉しかったから。

「君はお祖父さんによく似ているんだね」

「私のグランパの事を知っているの?」

少女は知りたかった。

祖父は何故、恨まれると解りきっていても母国から日本に移住したのか。

「君のお祖父さんは戦闘機のパイロットだったんだ。爆弾を積んだね。だけどね、君のお祖父さんは他のパイロット達と違って命令に背いて爆弾を落とさなかったんだよ。山の木に激突して瀕死状態だった彼を皆で助けたんだよ。戦争は憎いけど、君のお祖父さんに罪はないからね」

少女は泣いた。そして恨んでいた亡くなった祖父に心の中で謝った。

 少女は祖父に似て金髪で青碧を目を持っていた。

それが災いして周りに溶け込めず、悩んでいた。

お祖父さんが日本人だったらこんな事はなかったのにと。

「胸を張って生きなさい。お祖父さんも初めは町の人々から恨まれたよ。それでもあの人は折れずに発展に尽力したんだ。君は外見だけじゃなくて、その強さも受け継いでいる筈だよ」

泣き止んで顔をあげると、おじさんは消えていた。

もうすぐ夜になる。家に帰ったらおじさんの事をお母さんに話そうと、少女の足取りは軽く。

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