幸せなら手を叩け

夏の朝、男は国王より賜った柔らかく寝心地のよいベットで目をさます。朝日を浴びる幸せ。

幸せだから手を叩く。

隣の子供達の部屋からも手を叩く音がした。

こうして、国王から賜った家に住んで、子供達となに不自由なく暮らせる。

幸せだから手を叩く。

 美味しそうな朝食が並ぶ食卓。

配給により安定した食事が頂ける幸せに手を叩く。

 庭に面した窓を開けて外へ出る。

朝日を受けて輝く庭にいると爽やかな風が吹いていた。気持ちいい。

幸せだから手を叩く。

白髪混じりのお隣さんも同じように庭に出ていた。

「おはようございます。今日も過ごしやすい天気ですね」

幸せだから手を叩く。

「えぇ、本当に。もうずっと、こうして…昔のようなあ…争いなく……幸せに……」

お隣さんも幸せだから手を叩こうとした。

叩こうとした両手の力が抜けた。

顔は空を見上げて口は半開きに。

「駄目ですよ!幸せなら手を叩かなくては!」

男が呼び掛けても動かない。

暫くして、真っ黒な軍服に身を包んだ兵士達が、直立不動のままのお隣さんを連れて行った。

何度も見掛けた手を叩かなくなった国民の最期の光景。 

家主が連れて行かれても、家の中では何か幸せと感じる出来事があったのだろう。

場違いな幸せだから手を叩いた音がした。

 国王は衣食住を賜って幸せにしてくださるのに。

今朝のお隣さんのように、手を叩かなくなった民を連行して処刑するのか?

国王から賜るのは幸せだが、それは押し付けられた幸せ。手を叩く意義は?

男を始めとした国民は同じ疑問と、手を叩かなくなった時の処遇に恐怖を抱いていた。

幸せだから手を叩くのは圧政の象徴だった。

 国民達の恐怖の象徴である老いた国王。

今日も質素な造りの部屋で部下達と、国民がより幸せになる方法を会議していた。

時々咳き込む度に周りに緊張が走る。

長い間、この国は争いに巻き込まれていた。

産まれてからずっと、幸せを知らずに命を落とした国民も大勢いた。

 争いが終わった国に残っていたのは、荒れ果てた土地と幸せを知らない国民達。

 彼は誰よりも復興の為に働いてきた。

白く美しかった城は争いで荒廃した。

それならばと、城を解体して資材に。

資材は国民に与える家に変わった。

広大な跡地を食糧の生産場所に変えた。

収穫された食料は飢えに苦しむ国民達に配られた。

 国は少しずつ復興してゆき、皆が幸せを享受していた。

 幸せなのは素晴らしい。だが、どんなご馳走でもいつかは腹が満たされてもう一口も入らなくなるように、幸せにも許容量が存在した。

幸せが許容量を超えた人は、空に顔を向けて動かなくなった。

 これはどうしたものかと彼は悩んだ。

悩み抜いた結果、幸せにが一杯になった国民を収容し、秘密裏に治療法を模索した。

幸せが飽和したら手の施しようがないと発表すればどうなるか?

国民は幸せを恐れるだろう。幸せから遠ざかろうと、不幸せを求めてあえて争いあうかもしれない。

未だに治療に関するよい報告はなされてない。

「さて、演説の時間だ」

国王は立ち上りのそのそ廊下を歩く。 

群衆が取り囲むエントランスへと続く。

 国王の登場に全員が手を叩く。テレビで姿を観ている者も。

正午のスピーチを聴くのは国民に課せられた義務だった。

国王は自らが恐怖の対象として、国民に畏怖を抱かれているのを認知していた。

だからこそ、演説の間は誰も幸せを感じないとできる限り長々と話す。 

 真夏の日射しを受けながら演説を聞かされて誰が幸せと感じるのか。

全く健康な者でも汗が滲み出て今にも倒れそうになる。

 辛いのは国王も一緒だった。連日連夜、幸せについて考え、治療法の開発に勤しんでいた身体は限界を迎えていた。

加えてこの日射しは、彼を昏睡状態に陥れるには充分過ぎた。

 目の前で圧政の象徴たる国王が倒れた幸せに、皆が一斉に手を叩いた。

盛大な拍手は皮肉にも、国民の幸せだけを考え続けた国王への功績に対するねぎらいと葬送の曲となった。

 長く長く続いた拍手もやがて少しずつ収まっていった。

飽和した幸せに浸って、皆が空に顔を向けて何時いつまでも口を開いていた。

 

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