いつもの話
会社の歓迎会の終盤、酔が回った営業主任のいつもの怪談話が始まる。
「でさ!その廃屋ってのが一家惨殺事件とか賃貸物件になった後は、入居者の自殺が絶えなかったとか色んな噂があってさ、結局は謎の廃屋なの!」
腕まくりをして手首の痣を新入社員の京香さんに見せつけている。
30も遠に過ぎたいい歳したおっさんの昔話を聴かされるのが新入社員の通過儀礼。
他の中堅社員達は酒の席の度に聞かされて心底うんざり。
「深夜にその廃屋をひとりで探索してねぇ!」
所構わず声量最大。席を挟んで向かい側の私の耳が痛い。
「え!おひとりで……ですか!?怖くなかったんですか?」
主任の横で上目遣いで聞く京香さん。聞き上手と言えば聞こえは良いが、どちらかと言えばあざといが勝る。
「そりゃ怖かったさ!なんてたってひとり!カビ臭い廃屋!ぴたりと閉まった襖を開けたら中から出てきた手に手首を掴まれたもんだからそりゃびっくり!その後の記憶が今でも曖昧だよ!この痣がそれって訳!」
主任は手首の痣を指さして笑う。
痣が残るなんてありがちな怪談だが、俺という生き証人が居るからな!
と、いつもの締めの台詞。
「でも、主任さぁん。その廃屋には過去に何があって、手首に痣をつけた者の正体とかぁ、知りたくならないんですか?」
彼女のあざとさはこれである。
間延びする語尾。胸をくっつける距離。今まで何人を
「そりゃあ知りたいね!廃屋の事も痣をつけた手の正体も!」
よいしょが上手いなこの子。素直に感心してしまう。
「じゃあ教えてあげる」
先程とは打って変わって京香さんの声は心底底冷えする冷たいものに。
「お久しぶりね。貴方も連れて行くつもりだったに……逃げちゃうんだから」
彼女の指は、主任の手首の痣とぴたりと一致していた。
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