悪比べ
雲一つない街の中、見通しのよい交差点。
遠くからでも黒煙を確認できる。
車同士の正面衝突、衝撃音が野次馬を呼び寄せた。
野次馬は口々に囁く。
乗車してる人間は両方とも助からないだろう。
白い高級車に乗っていた大学教授とその妻。
元教え子から招待状を貰い、時間的な余裕たっぷりの計画で道を走っていた。
対して黒いオンボロ車の方には若い女が二人。
酒を呑みエンジンの悲鳴一杯でアクセルを踏み込んでいた。
「これは大変な事になった!私が事故を起こしたせいで結婚式に間に合わない上に世間様にとんだ迷惑を!」
事故現場を見た大学教授の第一声。
規律正しく生きてきた彼は、人生の最期が世間に迷惑をかける結果となったのが甚だしく遺憾なのだ。
夫を支えてきた妻は自分の遺体を呆然と眺めている。
若い女二人組はゲラゲラ笑ってばかり。
なんなら、自分たちの遺体を背にピースサインを決めている。
野次馬達の目には血塗れの遺体と火が昇る事故現場としか映っていない。
その中から一人、身なり正しい男が幽霊になった当事者達の元に寄ってきた。
「これはこれは。大変な事になりましたね」
端正な顔に場違いな笑みを浮かべて。
「君は誰だ!私は世間様に迷惑をかけてしまったんだぞ!笑っている場合か!」
「これは失礼しました。申し訳ありませんが人間の善悪の基準が分からないもので。私、悪魔ですから」
「悪魔がなんだ!私は今まで何も悪いことなどしていない!」
悪魔を名乗る男は教授の前に両手を出して制した。
「大学教授たる貴方様。まずは落ち着いて私の話を聞いて下さい」
悪魔の癖に一理ある。そうだ、相手が何者だろうと話を聞く。正しい事だ。
教授は納得し、興奮が少し醒めた。
「あなた達は運がいい。私から見れば皆様には悪魔の素質が充分に備わっています。そこでです。私がどちらかお一組様を生き返らせます」
「馬鹿な事を!それでお前に何の得があるんだ!」
「悪魔は量より質を重視します。生きて悪魔としての経験を積んで頂きたく」
「ならばここで死んだ方がいい!悪魔なんぞになってたまるか!」
「それはどうでしょう?生きていれば償う事も出来ますよ」
教授は黙りこくった。
なるほど悪魔だ。何を言っても言いくるめられてしまう。
妻は夫の側でうろたえてばかり。
「ところでお嬢様達はどうして事故を?」
二人組は質問されている事に暫く気が付かず、悪魔の容姿に見惚れていた。
「あたし達ねぇ、いつも最高に気分いいの!さっきも酒とクスリで最高にトバしてたのぉ!」
それが事故の原因だった。
女二人組は酒と薬物の中毒者だった。
錯乱状態での運転。電柱でもガードレールでもどこかにぶつかるまで運転は続いた。
たまたま。たまたま教授と妻の車にぶつかっての事故だった。
「ふざけないで!」
顔を真っ赤にして声を荒げたのは妻だった。
「子供達が私を待っているの!血は繋がっていないけど!支援している子供達がいるの!」
二人に掴み掛からんと迫る妻を悪魔は制し、まぁまあと宥めた。
「私がより資質の高いお二方を選ばせて頂きます。それではまたご機嫌よう」
一定の動きを繰り返す医療機器。入れ代わり立ち代わりで看護婦たちが忙しく動いている。
電源コードに点滴のチューブが蜘蛛の巣のように張り巡らされた面会謝絶の個室。
目を覚ましたのは大学教授。
側でずっと妻が手を握っていた。
「良かった…。目が覚めたのね……。先生が内臓が傷ついて助からないかもって……」
涙を一杯に溜めて。奇跡を信じて。
教授は白い天井を見つめている。
考えていた。あれは悪夢だったのか……。
資質がどうのこうの言っていたが、現に生きている。
「私はね、奇跡的に軽症で済んだの。相手の方は手の施しようがなかったって。クスリとお酒の反応があったそうよ」
あの夢は本当だったのか。世の中から迷惑な犯罪者が消えただけ。今となればどうでもいい。
「本当に良かったわ……。子供達の中にあなたにぴったり合うドナーがいて」
その笑顔は悪魔と相変わらず。
相手の弱い立場に漬け込んで神の如く命の選別を行う女。
妻の悪行に気が付かず、計らずとも他人の命を奪った男。更には亡くなった二人を悼む心を持たず。
将来的にはこの夫婦、事故の演出に使った二人組より上級の悪魔になるだろう。
看護婦に扮してうやうやしく世話をするのは、事故を起こした二人組の女悪魔。
「お二人共、本当に良かったです」
主治医に扮した悪魔は嗤った。
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