暖かな目覚め
第17話
だがそれも少しずつ明瞭になり始める。
そして輪郭をしっかりと捉えたその光景に、少しばかりの驚きがやって来た。
木々の肌をそのまま加工した暖かい色合いの部屋。
ごく一般的に見慣れた調度品が端々に設けられているその中心で、自分が柔らかいベッドの上に寝かされているのだと気づいたからだろう。
窓の外からも穏やかで柔らかな日の光が差し込んで来ている。
小鳥の
寝そべったまま頭を押さえてみると、意識はさらに明確になる。
そして同時に体中から鈍痛が駆け巡ってきた。
鈍くて遅い痛みが、体の節々にまで広がって帰ってくるのが判る。
慎重に体を起こしてみた。
腕も脚も腹も背中もそして頭も引き
そんなどうしようもない筋肉の不整からくる
そこにはしっかりとした手当ての後が見て取れた。
その胸から腹にかけて巻かれた包帯は、処置の丁寧さを感じさせるものだ。
それにしても、我ながらひどくやられたものだと愚痴をこぼしたい気分のカイル。
すると、折り良く横手に設置されたドアの向こうから僅かな足音が聞こえる。
まだ少しくらくらと揺れる頭を支えて、その木製のドアが開けられるのを眺める、すると、気遣われているのか控えめな音でドアはゆっくりと開け放たれた。
覗き見るように開け放ったドアの隙間から顔を出したその女性は、上体を起こしているカイルの姿を目にすると驚いたように少し声を上げた。
しかし、その後には朗らかな笑顔で起き上がったカイルを迎えてくれたのだった。
「ええっと、とりあえずここは何処なんでしょう……?」
自らの体たらくを顔も知らない人間に晒しているという所在無さ気な内心をごまかすように、カイルは緩く笑んで声を掛ける。
「ここはハーレィの西、まだ名前もない小さな集落ですよ。ですがそんな事よりも、まず一言お礼を言わせてください。
娘を助けていただいて、本当にありがとうございます」
入ってきた女性はその場でそう言って、カイルに向かって深々と頭を下げた。
その娘という言葉に、柔らかで淡い栗色の髪をしたあどけない少女の姿が真っ先に思い浮かんだ。
よく見遣れば、女性はまだ歳も若かそうだったが、その薄い色合いの栗色の髪は少女ととてもよく似通ったものであると納得した。
「そうか、あの子は無事なんですね。良かった」
ほっと息をついたようなカイルの表情が
慌てて身を支えようとしてくれる女性の厚意をしみじみとは感じながらも、それを片手で制し、カイルは気丈に振舞うのだった。
「それで、かなり話が飛んでしまうと思いますが……もしかして、俺達をここに連れてきたのは、なんか全身黒色をした……ものすごく奇妙な風貌の奴でしたか?」
「え、えぇ……。なんだかおっかな――あっ、いいえ……とても風格のある……そんな方が、娘とあなたの身を担いでここまで運んできてくれたそうです」
戸惑いを隠しきれないといった純朴そうな女性の内心を察して、また笑いがこみ上げてきた。
おおよそ初対面の人間があの男から感じる印象などは、この女性の言のように遠慮がちものとなるだろう。
何故だがそれがこの上なく可笑しく感じられて仕方がなかったカイルなのだ。
「俺はどれくらいの間、眠ってたのかな……? この怪我の手当ては一体誰が? あと、その黒い妙ちくりんの行方とか分からないですか? どこへ向かうとか聞いてる……ワケないよなぁ……」
体中の鈍痛を抑えて、カイルは矢継ぎ早に質問を繰り返し、最後のそれはなんとも情けないこぼし方で締めた。
だが、そんな様子に目を丸くして眺めていた女性だったが、懇切丁寧にその質問に応じる。
「あなたが気を失って眠っていたのは、たったの一昼夜だけですよ。怪我はトトリアヌの街から施術師を呼んで処置してもらいました」
そして、女性はカイルが予想していなかった事を口走る。
「あと心配しなくても、あなたと娘を運んできてくれた方なら今まだ集落の中に留まっていてくれてます。何でもあなたに用があるから、目を覚ましたら呼んでくれというような事を……」
今度はカイルがその言葉に目を丸くする番だった。
自身があの男に訊かなければならないことは山のようにあったが、あの男が自分に用があるとは意外と言う他ない。
てっきり、それこそ風のようにその身をどこぞへと吹き
カイルは、急いで身支度を整えるべく体を起こした。
怪我の具合やらを親身に気遣ってくれるその女性の心遣いを振り切ってでも、急がなければならない。
おそらくからして、あの男の性格を考慮すれば、今そこに留まっていることさえ奇跡に近い事柄なのだ。思い立ってどこかへふらりと消えてしまう前に、会って話をしておかねばならない。
介抱をしてくれた事や未だ自分の身を案じてくれている事など、それら全部に厚い礼を言って詫びると、カイルは旅立ちの準備を整える。
「それで、あいつは今どこに?」
「ああ、それならきっと、集落の外れにある大きな切り株のところでしょう。そこで子供達の面倒を見てくれていますわ」
その言葉に、今度は目が点になるどころでは済まなかった。
行く先々で死を撒き散らす悪魔の王が、和やかに子供達と戯れている光景――それを目に浮かべ、魂の抜け落ちそうな表情でしばらくは固まっていたカイル。
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