第6話 チョコレート

やはり女に生まれたからには、バレンタインは外してはならないイベントだ。とは凛子は思っていない。ただそこに便乗できればいいなとは思っている。

凛子が自分の思いに気づいたのは昨年の文化祭。ふと気づけば一年以上も経っている。

つまりは一年以上こんなややこしい感情を抱え込み、奴の行動に一喜一憂していたというわけである。

去年のバレンタインはなんとか告白に持ち込もうと四苦八苦したが、結局己の奴限定で素直になれない性格のために、玉砕の前に玉砕した気分で、チョコのかわりに酒盛りをやった。勿論やけくそだった。初めてのビールの味はまずく、奴は笑い上戸でげらげら笑っていた。完全なる敗北である。

今年は少なくともチョコの形をしたものをあげたい。気持ちは伝わらなくても、察してくれるかもしれない形を。

そんなわけで今年は一昨年まで恵んでやるという尊大な気持ちと冗談であげていた、チロルチョコにした。

これが最低限で、できうる限りの凛子の形だった。

さりげなく普通に渡せば、一昨年と同じように、受け取ってくれるはずだ。気持ちは見えないように、だけど特別な日のチョコレートという意味をもってわたせれば。

手で溶けてしまわないように、たった一つの小さなチョコレートを小さな袋に入れて。

 

「え、俺にくれるの。マジで」

「うん。橘君に」

 教室に行くと、見えたのはそんなやりとりだった。男が受け取っているのは、華やかでかわいいラッピングの包装紙。

 渡しているのはそんなラッピングが似合う美紀ちゃん。かわいいかわいい美紀ちゃん。

 自分とは違って。


ふと、凛子はこの小さなチョコレートがとっくに渡せなくなっていることに気づいたのだった。

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