気楽なあなたに微笑みを(3)
夕飯の片づけも済んだら、いよいよクイズの時間だ。コタツに向かい合って座ると、ザグルはグイッと身を乗り出してきた。
「問題は全部で3問、1問でも答えられたらオッケーね」
「いいぞ! 何でもこいや!」
挑戦的にニッと笑って眉を上げると急に顔つきが変わり、唇がめくれていつもは半分隠れている牙がむき出しになった。
まるで獲物か喧嘩の相手を見つけたかのような、初めて見る顔に内心ひやりとしたけれど、ここで引くわけにはいかない。
「では問題1です。ドワーフ族が信仰している神は何の神ですか?」
「え? ドワーフ? あいつら神様とか信じてんの?」
「ちょっと! まだ1問目なんだけど!」
気合が入っていただけに私の方が肩透かしを食らってしまった。
首を傾げてきょとんとしたザグルの顔に早くも先が思いやられる。
「だってよ、ドワーフってのはやたら機械だのなんだの作って、魔法にまで対抗すんだぜ。すげー遠くに住んでるから攻めて来ねぇだけで、ちっこいくせに怖いもんなしだって聞くけどな」
「あー、そういう話なら分かるんだ……」
集落単位で生活はしていても、国の体を成さないため頻繁に他種族の侵入を受けるオークにとっては、戦いが日常なだけあって、それに関係する話なら広まっているらしい。
ただ怖いものなしだから神様は必要ないと言う感覚は、むしろ逆じゃないかと思うけれど。
「んで? ドワーフの神様ってなんなんだ?」
「堂々と訊いてこないでよね……。答えは『時の神』よ」
他種族に生存域を脅かされないよう立場を守るために、そして環境の厳しい高山で生活できるように、ドワーフは様々な技術を編み出した。
それを発展させるには、研究し開発するための時間が必要になり、他種族より短命な彼らにとっては、既にある技術を身につけるだけでも大仕事だ。
そしてもう一つ、ドワーフ達に伝わる「時の御使い」という存在がある。
左手に書物、右手に時計を持った姿で表されるその存在は、失われた技術を過去から伝え、未来から現在へ新しい技術を伝える神の使いとされている。
資料のイラストを見せながら説明すると、ザグルは感心したように頷いた。
「ほー、確かに寿命は俺らの半分しかねぇって聞いたことあんな。つってもこっちは、戦で死ぬ奴が多くて年寄りは珍しいくれぇだ」
同族内でも揉め事が多いというオークは、ある程度の歳まで無事でいれば、知恵者と呼ばれて長生きするけれど、大抵は身体能力が衰えてくる年頃に死んでしまうという。
「へぇ、そういうもんなのね。ザグはお年寄りに会ったことあるの?」
「うちの村にいたぞ。ボケちまっててよく頭にパンツかぶってたけどな」
「オークも年とったら人間と変わんないのね……」
そんな状態でも戦に出ればしゃっきりするというから、流石だとしか言いようがなかった。
「よし! 次の問題はなんだ?」
「じゃあ2問目。獣人族のうち工芸品を作る種族の名前をなんと言うでしょうか?」
「工芸品? 砂で城作ってるってあれか?」
また話があさっての方向に飛んでいく。
獣人族の建物は大半が水と海藻を混ぜた砂で造られるのは確かだけど、建築物と工芸品を一緒くたにしないでほしい。
「えっとね、獣人族が大きいくくりで2つに分かれてるのは知ってる?」
指を2本立てながら訊くと、ザグルはぶんぶん首を横に振った。
「いや、そもそも獣人なんか会ったことねぇよ。ケンカにゃ強いって聞くが自分からは仕掛けねんだと」
「ふぅん……地図だとすぐ隣なのにね」
実は北に接している人間の国を除けば、オークの住む土地に一番近いのが獣人族の国だ。
当然会った事があるものと思っていたので、これはちょっと意外だった。
「ドワーフとエルフは人間と一緒にちょっかい出して来るけどよ、獣人は見たことねぇな」
「それってドワーフやエルフには会ったことあるってこと?」
「おう、たまーに国境から連れてくんだ。どっかでケンカに負けた連中だな」
「あ……ああ……そういう……」
さらっと言われて、そういうことも日常なのかと落差に目が回る。
けれどその主な目的が、武器や魔力などではなく、日用品に当たる道具と傷病人の手当てだと聞いて何だか同情してしまった。
ザグルを見れば分かる通り、見た目の割に無邪気な彼らは、他種族と争うと言ってもとりわけ憎んではおらず、「ケンカを仕掛けてきて負けたんだから仕事をして行け」という程度の感覚らしい。
「んで? 獣人は2つに分かれてるってのは?」
もはや当然のように質問してくるザグルは、こちらの世界の事を訊いてくる時と同じきらきらした目になっている。
「えっとね、体が大きくて丈夫な種族をティトン、小柄で器用な種族をフェアルって呼ぶらしいわ」
「ああ! オヤジがそんな話してたな。そのちっこい方ににちょっかい出すとデカい方が暴れてやべーんだ」
「そう、互助関係になってるの」
フェアルは大半が工芸品を作って生計を立てる。主にはガラスだが、繊細で美しい細工物は遠方のエルフにも人気がある。
しかし高値で売れるのはいいのだが、彼ら自身は危険から身を守る力がほとんどない。
そのため他種族にそれらを売りに出る時は、必ず護衛としてティトンが同行するのだ。
当然ながらティトンはフェアルの命と荷物を守るのが仕事だが、賊に遭うと自分たちに二度と手を出すことのないよう、徹底的に追いかけ報復する。
手を出す方も命がけになるので、彼らの武勇と気性の激しさは他種族にも有名なのだ。
「そうかぁ……あいつらも生活かかってんだな。用もないのにケンカはできねぇってわけか」
しみじみとそう言うザグルは、何を思い浮かべたのか少し遠い目をした。
「さて、泣いても笑っても最後の3問目いきます」
「お、おう!」
さすがに2問続けて分からなかったせいか、ザグルはコタツから手を出してぐっとこぶしを握った。
でも実は、3問目はひっかけ問題のつもりなのだ。うまくかかってくれれば、と思いながら私は続ける。
「オーク族の国がある場所は、かつて別の種族が住んでいた場所です。ではオーク族の前に住んでいたのは何でしょうか?」
これはさすがに地元の話なので分かるはずだけど、問題は「何が住んでいたか」なのである。
しかしその質問をしたとたん、ザグルはなぜか目を剥いた。
「はぁ⁉ 別の種族⁉ マジかよ、んな話聞いたことねぇぞ⁉」
またしてもあらぬ方向から来た返事に、がっかりを通り越して一瞬理不尽を感じた。
「こっちがマジかって言いたいわ! 木と皮でしか家建てないのになんで石造りの城があると思ってんのよ!」
「あ、え、ああ? い、言われてみりゃ確かに……?」
私が思わず大声を出すと、ザグルは急に腰が引けたように勢いをなくした。
けれど本当に初めて聞いた話らしく、彼は自分から資料を見せてくれと頭を寄せてきた。
「500年前までエルフ族が住んでいて、彼らの作ったゴーレムが残されて長く住んでいた、って書いてるけど……心当たりはないの?」
広げた資料には、石造りの建造物が草木に埋もれるようにして建つ風景が描かれている。
オークの集落の中心、長たちが住む家や集会場になっているというそれらの建物は、元はエルフによって造られたものだ。
美しく磨かれ装飾されていた岩は、気候が変わり長い時が経ち、すっかり苔むして今では見る影もないという。
「全然聞いたことねぇな……。そのゴーレムはうちのご先祖がやっちまったのか?」
「ううん、オーク族が住むようになった頃には廃墟になってたんだって」
「はぁー、なんかあれだな、知らねぇうちに赤の他人が家に住み着いてたみてぇな気分だ」
呆然としたような顔でそう言うと、ザグルはコタツの上に両腕を投げ出した。
そんな事をされるとただでさえ狭い天板が、二本の腕で殆ど塞がってしまう。
「言いたいことは何となく分かるけど……」
資料を仕舞いながらそう言いかけて、ふと私も歴史には疎いことを思い出した。
大筋では学校で習うけれど、今住んでいる土地の五百年前の姿なんて知らないな、と気が付いて、確かにそれも無理のない話かも、と思い直した。
「にしても3問ともダメか。こりゃお前が本読むの待つしかねぇな」
体を起こしたザグルは両腕を頭の後ろで組んで、壁にもたれ掛かりながらため息をついた。
「あら、他の手を考えるんじゃなかったの?」
ちょっと意地悪く笑ってそう訊くと、ザグルはすっと真顔になった。
「こんだけ分からねぇんじゃ、俺が代わりに教えるってのは無理だろ。俺はこっちの世界のことはユキに教えてもらってんのに、その逆は邪魔するってのはダメだしな」
そう言って自分を納得させるようにうんうん頷く姿が憎めなくて、つい頬が緩んでしまう。
「でもこうやって話すと面白いね、資料じゃ分かんないことたくさん聞けるし」
クイズとしては勝負にすらならなかったけれど、これはこれで楽しかった。自分でも意外だったけれど、それは全くの本心だった。
「そうか? 俺ばっか教えてもらった気がするが」
「そんなことないよ、一番知りたいのはザグがどう思ってるのか、ってことなんだし」
イズワスという世界のことは、確かに資料や物語を読めば分かる。けれど実際に生活していたザグル自身の感覚までは、そこにはきっと書かれていないし、本人に聞くのが一番いいと分かった。
「ふーん、そうか……」
納得したのか、ザグルはふっと笑うと体を起こした。
「風呂入るか、もう眠いだろ」
「うん、ありがとね。先入らせてもらうよ」
立ち上がって時計を見ると、いつの間にか11時を過ぎていた。
最近はあまり夜遅くまで起きていると、突然眠気が襲ってきてすとんと眠り込んでしまう。
20代の前半までは深夜2時くらいまで平気で起きていた筈なのに、もうそんな真似はとても出来ない。
おまけに最近は、自分でベッドに戻ったかどうかさえあやふやな時がある。
ザグルに付き合っているうちに夜遅くなって、いつの間にか記憶が無くなっているのだ。
翌日の朝もそうだった。
お風呂から上がって、お茶を淹れてザグルを待っていたところまでは覚えているのに、その後どうしたのかさっぱり覚えていない。
目が覚めた時はベッドの上で、きちんと布団も被っていたから風邪は引かずに済んだ。けれどそろそろ注意しないと、床で寝ていてもおかしくない気がする。
そもそも若い男と同居しているんだし、もう少し気を引き締めよう、と私は薄暗い夜明けのベッドの上でぼんやり考えた。
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