第13話 確かめたいこと(1)
翌日は図らずもザグルに言われた通り、かなり遅い目覚めになった。
起き上がると外がだいぶ明るいので、スマホを手に取って見ると、すでに8時を回っている。
手早く着替えを済ませて寝室のドアを開け、外に出ると寝乱れたままの布団があった。
ザグルはいつも私より先に起きて、着替えも布団の片付けも済ませているけれど、流石に今日は寝坊したのかも知れない。
脱ぎ散らかされた寝間着を拾って、何となく鼻を寄せると、強烈な酸っぱいような臭いがした。
「んー、布団も臭いそうね」
寝具を洗ったり干したりする習慣が無かった彼は、放っておくと布団も寝間着もしけしけになっているので、時々こうして隙を見てチェックする必要がある。
天気が良さそうだし布団も干すか、とついでにシーツも剥がして、寝間着もろとも洗濯籠に放り込んだ。
朝食のためにヤカンを火にかけ、洗濯物の仕分けをしようとベランダの掃き出し窓を開けると、目の前にザグルの黒いパンツがバーンとぶら下がっていた。
何でパンツが1枚だけ干してあるんだろう、と眉間を揉みつつ考えて昨日の夜の事を思い出す。
夕べ粗相して脱いだパンツだけ、とりあえず洗っていったようだ。
布団の片付けもそこそこに出て行ったのに、そこだけはちゃんと済ませておくのがいかにも彼らしい。
ふとそのパンツを見て思い出したのは、大学に入ってすぐの頃に同じ学部の先輩に言われたことだ。
「洗濯をするときは男物の服を一緒に干した方がいいわよ」と。
学生街なので女物の服だけ干していたら、一人暮らしの女学生の部屋だとすぐバレるから、という話だった。
その場は聞き流したけれど、夏になってベランダが陽に焼けるようになると、日除け代わりにベランダの右端に園芸用の柵を立てて、洗濯物もその陰に干すようになった。
引っ越す時にも持って来たので、今でもその習慣は続いてる。
ザグルが来てからは洗濯物の量が増えたので、当然その陰からはみ出すようになっていたけれど、知ってか知らずか彼はベランダのど真ん中に自分の服を干してくれる。
私の下着もお構いなしに触るけれど、干す場所は最初に頼んだ通りちゃんと柵の裏だ。
虫除け効果ばっちりである。
食パンに昨日の夜の残り物とお茶で朝食を済ませてから、軽くベランダの手すりと床を掃除した。
そのまま布団を出すと途中で汚してしまうので、濡れ雑巾で拭き上げる。
お湯で湿らせた雑巾はすぐに冷たくなったけれど、背中に当たる日差しは少し暖かい。
布団を抱えて手すりの上に引っかけ、広げてパンパンと叩いていると、日を透かして埃が舞うのが見えた。
ふわっと広がった体臭は、不思議と安心感を誘う心地良い匂いだ。
布団に顔を引っ付けて、昨日眠れずに考えていたことを思い出してみる。
気になっていたのは、ザグルも結衣も稀人なのだから監視がついているはず、という事だ。
2人がもし朋也につけ回されているなら、それを見ていた誰かがいるだろうと思う。
けれど問題があると思われていないのか、元々そういうものなのか、今のところ警告も何もない。
結衣に明かしてこちらから話を聞きたい、と頼むべきかと思ったけれど、彼女が何も知らないなら、あの写真の事から知らせないといけなくなる。
彼女のことだから怒るか気味悪がるか、どちらにしろ朋也の意図に関わらず行動を起こすのは目に見えていた。
そうなったら穏便に話をつけよう、とはいかなくなる。
ならば朋也に電話して真意を聞くべきか、と何度も思ったけれど、それはどうしても怖かった。
彼は私の心配をしているというより、私たちの間に亀裂を入れたいだけのような気がするのだ。
実際に挨拶の一言もなく写真を送って来て、それ以上は何も言ってこない。
電話するにしろ直接会うにしろ、たぶん一人の時はやめた方がいいだろう。
「ほんとに私だけじゃどうにもならないわ……」
両親が突然この世を去ってから、私はそれなりに一人で生きてきたつもりだった。
義理の家族の負担にならないよう生活費を稼いで、日々の生活に必要なことも覚えて、周りに余計な心配をかけないような振る舞いを意識して、自分の不調は自分で処理して。
けれどザグルが来てからこっち、自分は何もできない無力な存在なのだと思い知ることが多い。
一人で生きて来たと言えば聞こえはいいけれど、要するに自分が生きるだけで手一杯だったのだ。
自分がもしザグルのように、いきなり人間の居ない知らない世界に飛ばされたとしたら、3か月で彼のようにその世界の日常に溶け込める自信はない。
もし見かねて助けてくれる誰かがいたら、自分に出来ることは無いかと探したり、不慣れな仕事をしてでもまず稼ごう、なんてすぐに切り替えられるか分からない。
むしろ甘えて頼りきりになるような気がする。
ましてや頼っているその相手を気遣ったり心配したりなんて、そんな余裕はきっとないだろう。
あまり考えていると情けなくなるので、私は洗濯の続きに手を付けた。
何が起ころうと自分が生きている限り人生は続くし、生きているなら日々すべきことをこなしながら生活していかなければならない。
それだけは知っているし、それだけは何とかやって来られた。ならこれからも続けていくくらいは出来る筈だ。
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