過去との対峙
第11話 悪夢から抜け出して(1)
真っ白な世界にぽつんと立っている。
空と地面の境も分からないような、どこもかしこも、見渡す限り真っ白な世界だ。
光も影もない、ただ白いだけの世界の中で、色があるのは両親の姿だけだ。
二人ともダウンジャケットを着ていた。濃い青色とベージュ色の、同じお店で買ったお揃いのジャケットだ。
冷え性の母は出かける時には必ず着ていたけれど、暑がりの父までそれを着ている。
珍しいな、と思った途端、両手足がスーッと冷えていった。
そうだ、あの日もそうだった。
こちらを見て微笑んだ両親は、そのまま何も言わずに私に背を向けた。
待って、と言おうとしたけれど声が出ない。手を伸ばして引き留めようとしたのに、腕が上がらない。
ああ、またこの夢だ、とその瞬間に悟った。
私はあと何回この夢を見るんだろう?
忘れてしまいたいのに、その方が楽なのに、何度も何度も夢に見ては思い出してしまう。
夢の中で私は一歩も動けない。駆け寄りたくても体は動かない。指の一本さえ動かす事ができない。
夢だと分かっていても、身の内で心が必死にもがいている。
待って!
大声で引き止めようとしているのに声にならない。両手足に必死で力を入れて、遠ざかる背中を追いかけようとする。
なのに一歩も前には進めず、両親が去っていくのを見届けるしかない。
待って!行かないで!まだ行かないで!
せめて一言でいい、大好きだと伝えたかった。
もう2度と会えないのなら、最後に別れを言いたかった。
なのに声は出ない。
声を張り上げて叫ぼうとしているのに、喉からは息が漏れていくだけだ。
どうにかしようと足掻くその間に、両親の背中はどんどん白い世界に飲み込まれていく。
行かないで!お願い、行かないで!
行かないで!
————!
いつもそこで、突然叫び声が聞こえて目が覚めるのだ。
そうしてカラカラに乾いた喉に、聞こえてきた叫び声が自分のものだと知る。
この夢を見る時はいつもそうだ。
けれど今日は、両親の姿が完全に消えても目が覚めなかった。
不意に目の前に結衣が現れた。
どうして彼女がここに、と思った次の瞬間にはその隣にザグルが現れた。
気が付くと2人はお揃いのダウンジャケットを着ていた。両親が最後に着ていたのと同じ、青色とベージュ色だ。
待って、待って……
2人は私に向かって微笑むと、やはり何も言わずに背を向けた。
まさか、と思っている私の前で、2人の姿は両親と同じように遠ざかっていく。
声は出ない。体も動かない。
私は必死で手足を動かそうとして、ふと自分の腕に目をやった。
手首が何かに固定されていた。よく見ると誰かの手が私の手首を掴んでいる。
嫌っ、なに!?
「あの2人も雪江を置いていくよ」
耳元で聞き覚えのある声が聞こえて、私は驚いて振り返った。
いくら前に進もうとしても動かなかった体が、後ろを向こうとするとくるりと簡単に動く。
けれどすぐに後悔した。
予想通りそこにあった朋也の顔は、記憶の中で最後に聞いた言葉そのままの、醒め切ったような表情をしていた。
止めて、放して!あなたには関係ない!
彼は私に何の執着もないような顔をしながら、私の両手首を握って放そうとしない。
肩越しに振り向くと、ザグルと結衣の姿はもうほとんど見えなくなっていた。
早く追いかけなければ間に合わない。あの2人にはまだ言いたいことが沢山あるのに。
焦る私を情のない目で見つめた朋也は、握った手に力を入れると顔を近づけて来た。
放してってば!止めて!嫌よ!嫌あぁっ!!
「……エ!……ユキエ!!しっかりしろ!!」
鋭い悲鳴と、自分を呼ぶ声が同時に耳に飛び込んできて、私は跳ねるように飛び起きた。
同時に「ゴッ!」と額に衝撃が走って、ベッドから浮き上がった背中が再びぼすっと落ちた。
飛び起きると同時に何かにぶつけたようで、頭がくらくらする。どれくらい叫んでいたのか、喉がひりつくように痛い。
痛む額をさすりながら上を確かめてみたけれど、顔の前には何もなかった。
「~~っつううう!」
言葉にならない呻きがベッドの真横から聞こえて、私は慌てて上半身を起こした。
咄嗟に枕元のルームライトを点けると、パッと白くなった視界の中に、見慣れた大きな影が蹲っている。
狭い寝室の中、壁とベッドの隙間に挟まるように転がるザグルは、両手で頭を抱えて足で宙を掻きながら悶絶していた。
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