私と結衣と、そしてザグル(3)
結衣が最初に向かったのは、アーケードに入ってすぐのビルにあるお決まりのショップだった。
漫画やアニメのDVDを買う時はまずここに来る、と言う結衣に連れられて、学生時代に初めて足を踏み入れた時は、店内の独特な雰囲気に圧倒されてしまった。
けれどその雰囲気に慣れてしまえば、普段は目にすることもない商品がたくさん並んでいて面白い。
アニメやゲーム関連のグッズは、コレクション用の物から日用品まで種類も多く、今でこそ普通の書店にもたまに並ぶけれど、当時はここに来ないとまず目にすることもなかった。
漫画用の画材や資料本など、自分では描かないのについ手を出したくなってしまう物もある。
いつもならあれこれと手に取って、財布と相談しながら楽しむ店だ。
けれど今日の結衣は、ほとんど流し見するように商品を眺めただけで、さっさと切り上げてしまった。
「もういいの?ゆっくり回ればいいのに」
「ううん、探してる物は全然なさそうだからいいのよ。次行こっか」
そんなに期待はしてなかったしね、と苦笑する顔は心なしかがっかりしているようにも見える。
初めて入る店だったからだろうか、ザグルの方が興味津々で出てこないので、呼びに行くとキャラクターグッズの棚の一角にしゃがんで、食い入るように見ていた。
「何か欲しい物あった?」
肩の上から声を掛けると、ザグルは一瞬ビクッと腰を浮かせた。
よほど夢中だったのか、驚いたように振り向くと、私の顔を見て少し気まずそうな顔になる。
何だろうと思って覗き込むと、その手には付箋紙のセットが握られていた。
「ああいや、これな。エリスだろ?」
ザグルは4つ並んだ付箋紙の一つを指さした。よく見ると確かに見覚えがあるイラストで、そのうちの一つがエリスだった。
見回すとその辺りには「イズワス・エピック」の関連グッズが集められている。
ヒロインなだけあって、定番のクリアファイルやアクリルキーホルダーなどに限らず、彼女の姿はほぼ全てに入っているようだ。
「なぁ、エリスの彼氏ってこん中にいんのか?」
「ああうん、この男の子だよ。アークって名前」
「ほー、思ったよりガキくせぇ顔だな」
何かと思えば急にそんなことを言い出すので、軽く吹き出してしまった。
一緒に描かれている人物のうち誰かがそうだろうと当たりをつけて、値踏みしていたらしい。
「まぁほら、村を出るまでは世間知らずの男の子なんだし。てか、彼氏いるの知ってたんだ?」
ザグルとエリスの関係は、読者には「悲恋」と解釈されているらしいけれど、彼の口振りからするとどうもそんな様子ではなかった。
どちらかと言えば、遠くで暮らす妹の心配をする兄のような顔だ。
「時々話してたからな。顔も見たことねぇ男の愚痴なんざ聞かされても困るし、そういう話は女同士でしろっつったら、そんな気安い女友達いねぇからってよ」
「うわぁ……それで聞かされるってのも、なんか微妙ね」
「だろ?あいつ俺を丸太かなんかだとでも思ってたのかね」
どれだけ仲が良かったとしても、ザグルは赤の他人の異性だ。色恋の相談を気楽にされて、何も思わない訳では無かっただろう。
けれどそんな相談をしたくなるほど、エリスにとっては信頼できる友人だったのだ。それが分からない彼ではない。
「早いとこ次行くわよ、丸太ん棒」
「うるせぇまな板」
和みかけていると、突然その空気を真っ二つにするような声が後ろから飛んできて、すかさずザグルが応戦した。
いつの間に戻って来ていたのか、結衣が私の後ろに立っている。
同じ作品から現れた稀人ではないようだけど、2人はどうも犬猿の仲らしい。
結衣は元々、ちょっと遠慮のない物言いをすることはあったけれど、これほどイライラをあからさまにする姿は初めて見る。ここまで歩いてくる途中にも、既に1回こんなやり取りをしていた。
対するザグルの方も、普段なら誰に対しても決して言わないようなセクハラ寸前の発言を、結衣には思い切りぶつけている。
初対面の時から角を立てて警戒していたし、昨日の話を聞いた限りでは、そもそも敵対する存在だったと言うから仕方ないのかも知れないけれど、寛容で我慢強い方だと思っていただけに、この態度の違いには困惑してしまう。
「もう少し穏やかに喋ろうよ、2人とも」
頭の上で音がしそうなほど睨み合うので、執り成そうと手を伸ばして2人の胸元を叩くと、揃って私の顔を見下ろして眉尻を下げた。
間に挟まれた私が困っていることに、双方とも気付いていなかったらしい。
「……すまん。待たせて悪かったな」
しぶしぶながらも真面目に謝って頭を下げたザグルに、結衣は2秒ほど固まった。
「い、いや謝るほどじゃないわよ。あと3軒くらい回るから、悪いけどちょっと急ぐわね」
「おう、分かった」
ザグルが素直に頷くと、結衣はちょっときまり悪そうな顔をして踵を返した。
それから回った3軒は、古書店に中古のゲームやアニメグッズの店、レンタルビデオ店と、結衣がよく回る店ばかりだった。
けれど最初の店と同じように、普段なら時間をかけてゆっくり見て回るところを、脇目も振らずどこかの棚に直行して、目を凝らして何かを探しては溜め息をついて離れる、その繰り返しだった。
何を探しているのか尋ねても、終わったら話すと言うだけで答えてくれない。
それでも4軒も回ればかなり時間が経ち、気付くと12時を少し過ぎていた。
「そろそろお昼食べに行こっか。お腹空いたよね」
時計を見て諦めたように溜め息を吐くと、結衣は私を振り返った。
「そうだね、何かあったかいものでも食べようよ」
目的のものが全く見つからなかったせいか、彼女の顔にはいつも以上に疲れが滲んでいた。
私も半日でこんなにあちこちしたのは初めてで、ずいぶんお腹が空いていた。
少し落ち着つくためにも美味しいものを食べに行こう、と急いでレンタルビデオ店を出たところで、ふとザグルが近くに居ないことに気が付いた。
ずっと付いて来ていたのに、何処ではぐれたんだろうと慌てて周囲を見回すと、
「おーい、こっちだユキ」
と通りの向かいの方で声がした。
「言ったろ、俺も買い物したくて来たんだよ。途中でいいもん売ってる店があったから行ってきた」
ザグルはそう言って大ぶりの紙袋を掲げて見せると、通りを渡って私達の方へ戻って来た。
中身がよほど大きいものなのか、両手で抱えるような紙袋は丸く膨れている。
満足そうな顔でにっと笑うと、彼は紙袋の端に手を突っ込んでなにやら探りだした。
「どうしたの?」
「ちょっと待て、確かこの辺に入ってんだよ……おっ、これだ」
言いながら手のひらサイズの巾着袋を掴み出すと、それをほいっと結衣に差し出した。
「え、なにこれ?」
「やる。帰ったら開けてみな。あんたも腹減っただろ、とっととメシ食いに行こうぜ」
反射的に受け取ってしまったらしい結衣は、いきなりの事にぽかんと口を開けて固まった。
一触即発の空気はどこへ放り出してきたのか、当然のような気遣いの言葉に、私も少しだけ驚いた。
そんな私達の反応を見るでもなく向きを変えたザグルは、さっさと店を探し始めていて、早くも置いて行かれそうだ。
「ほらっ、急ごう。ザグに任せてたらお昼が焼肉屋になっちゃうよ」
「だ、だって、何これ?今の何、どういう事?」
混乱した顔で袋を握ったまま、結衣は助けを求めるように私を見た。
「結衣が元気ないからでしょ、今日は溜息ばっかり吐いてるし」
「あっ……あたしそんなに変だった?ごめん、心配させてるなんて思わなくて」
「後でちゃんと話を聞かせてね。ほら急ごう」
軽くポンポンと背中を叩くと、結衣は慌てて袋をバッグに仕舞い、私の後に付いて来た。
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