第7話 私と結衣と、そしてザグル(1)

 この国で稀人の存在がきちんと確認されたのは、まだ12年前の事だ。

 もちろんそれ以前にも出現はあったとされているし、それらしい不思議な人物の記録も残っているという。

 けれど彼らはほぼ人間と変わらない外見、言葉、衣服を身に着けており、こちらの世界に現れても周囲に大きな影響を与えることもなく、歴史に名を残すこともなく、ひっそりと現れては消えていく存在だったらしい。


 それが明らかに異質な存在だと確認され、かつ創作のキャラクターだと分かった切っ掛けは、一人の稀人の少女だった。


 彼女が周囲の多くの人間に、はっきり異質だと認識されたのは、その特徴的な外見が理由だった。

 ある日突然、東京の街中にぽつんと現れた彼女は、いわゆるコスプレのような恰好をしていたという。


 周囲から完全に浮いてしまうような鮮やかな緑色の長い髪。

 柔らかな透ける生地を袖やスカートにあしらった、白と薄緑のグラデーションの袖の長い衣服。

 極めつけは抜けるように白い肌で、この世の者とは思えない美しさだったそうだ。


 その外見の美しさと、彼女が当時人気のゲームのキャラクターだったこと、また稀人が単なる巷間の噂ではなく実在する者だと分かったこと、これらの理由で世間では大いに騒がれたらしい。


 らしい、というのはその当時、私は自分のことで手いっぱいだったせいだ。

 周囲に目を向ける余裕はなかったし、何が起きてもあまり関心を持てず、その頃の出来事は記憶から殆ど抜けている。


 辛うじてニュースで取り上げられた彼女の姿を見た覚えはあるものの、パッと見にはよくできたコスプレという印象で、それ以上の興味は沸かなかったと思う。

 ネットで調べてみると当時の写真もあったけれど、今となっては画像も小さく不鮮明だった。


 新しい画像は無いのかと言うと、それは基本的に有り得ない。

 彼女が出現してから暫くして、稀人の写真や映像などは彼等を保護するため公開されないという決まりが出来たのだ。

 今でも出現しているのか、どんなキャラクターが出現しているのか、等の情報も流れない。


 何という事はない、稀人の存在は「実在する」と確定された以外は、それまでと同じ「居るのか居ないのかも分からない者」になったのだ。

 いつの間にかやって来て、いつの間にか社会に同化している人々。あえて探し出して会おうとすれば、きっと一生かけて一人見つかればいいくらいだろう。


 だけど、と思う。

 彼等はどうしてこの世界に現れるのだろうか。

 何の目的もなくただ現れて、何の影響も及ぼすことなく消えていくのなら、それは結局誰も居ないのと変わらない。


 それなら彼らは現世に現れる理由もないように思う。

 奇跡としか呼べないような現象が起きているのに、そこには本当に何も意味がないのだろうか。


 彼等には何か叶えたい願いがあるんじゃないのか?死んだ後にしか来られないこの世界で、果たすべき役目があったりしないんだろうか?


 ザグルと出会ってから、私は時々そんなことを考えるようになった。

 そしてその度に、彼が最初に口にした言葉を思い出す。


「エリス……ごめんな」


 死んでしまっては口にすることもできないその謝罪を、彼は何とかして伝えたかったのではないか。

 それほどの想いでここまで来たのなら、何もせず私の元に留まっているのはどうしてだろう。

 この世界には彼の運命を決めた人間がいるのだから、どうしてそんな物語を書いたのかと殴り込んだって構わないはずだ。けれど彼はそんな考えを起こす様子もなく、ひたすらここでの生活に馴染もうとしている。


 最初に稀人が確認されるまでも、それ以降も、稀人が運命を呪って人間に仇なした、などと言う話は聞かない。


 彼等にとってこの世界が理想郷なのか、と言えばそれもかなり違うだろう。

 異種族であるザグルは例外的な存在としても、価値観を異にする世界からやって来たのなら、もし助けてくれる誰かが居なければ、まず安全に無難に生きていくことすらままならない筈だ。

 言葉は辛うじて通じても、習慣も考え方も違う人間がひしめいていて、住みやすいとは到底思えない。

 そんな世界にただやって来るだけで満足するとは考えにくかった。


 なら他にどんな理由があるんだろう、と考えても、私には今のところ何も思いつかなかった。

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