第20話 隠された罪(1)調査依頼

 部屋の中に異常が無い事を確認し、警護対象者を中へ入れる。

「何かあればすぐに声をかけて下さい。ドアの前にいますので」

 そう言いおいて、廊下へ出た。

 その2時間後。警護対象者の父親の方がその部屋の前に来て、ドアをノックした。

「礼子」

 しかし、返事はない。

 父親も、警護していた警備員も、嫌な予感がした。

「礼子、礼子」

 ドンドンとドアを叩く父親を脇へやり、

「失礼します」

と言いながらドアを素早く開ける。

 ベッド、机、クローゼット。高価そうな物が並ぶ部屋のどこにも、警護対象者の姿はなかった。

「礼子!?」

 警備員達は慌てたが、手分けして広い庭や家の中の捜索に向かい、また、会社へ連絡を入れる。

 父親はオロオロとしていたが、突然激昂すると、警備員の1人の胸倉を掴んだ。

「お前だろう!?父親の事でお前は私を恨んでいた!」

「落ち着いて下さい」

「落ち着けるか!お前が!礼子を!」


 そこまで話して、錦織はコーヒーを一口飲んだ。

「というのが事件のあらましです」

 ある自動車メーカーの社長に「罪を認めろ。犯した罪は自分であがなえ」という手紙が毎日届き、身の危険を感じた社長は、自分と娘の警護を柳内警備保障に依頼して来たそうだ。

 しかしある日、娘が忽然と自宅から消え、父親が逆上した。

 警備についていた社員の1人の父親が、この会社から理不尽に辞職を迫られてノイローゼになって退職した経緯があり、彼が復讐のために娘を誘拐したのだと主張しているのだ。

 勿論その社員は否定している。

 そこで、警察とは別に、柳内警備保障でも事件を調査する事となったのだ。

 そしてその調査を命じられたのが、秘書課別室だった。

「警察に任せた方がいいんじゃないですか」

 湊が即言う。

「そう言わずに、社員が関与したのかどうか、それを調査してくださいよ」

「社員が関与していたとすれば、警備会社としてはマイナスですね」

 心配そうに涼真が言うのに、錦織は、にこにこしながらもきっぱりと言った。

「それをもみ消したら最悪です。その時はその時。事実を社長に報告するまでですよ」

 それで別室は、その業務に取り掛かる事になった。

 まず依頼者である畠中正男は、大手自動車メーカーの社長だ。2年前に妻と死別している。仕事には厳しいという評判だが、嘘のように、娘は大事にしているという。

 娘の畠中礼子は、女子大に通う20歳。大人しいが、頑固な一面もあるらしい。

 警護メンバーに入っていた、松本太郎。真面目で曲がった事が嫌いな男だ。父親がその自動車工場に勤めていたが、リストラ対象に入り、嫌がらせの末に辞職に追い込まれたらしい。だが、その時にはノイローゼになって、自殺未遂を起こしている。その時、警察に相談したが取り合ってもらえず、それで、警察官を志望していたのをやめ、柳内警備保障に入社した。

「松本さんのいるのとは違う班が受ければよかったのに」

 悠花が口を尖らせる。

「他の班は別の仕事にかかってたらしいわよ」

 雅美が言う。

「運が悪かったですね」

 涼真が嘆息するのに、湊が言う。

「それでも、こういう因縁があるのなら、先に言うべきだったな。せめて直接関係のない係にまわるとかやりようがあっただろう」

「仕事に私情は持ちこまない、という姿勢だったから、言う程でもないと思ったんだろ」

「だからこうして、トラブルになっている」

 涼真は言い返す言葉が見つからないという風に、眉をひそめた。

「皆さんも、報告、連絡、相談。お願いしますね」

 錦織がにこにことして、しめた。



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