第18話 過去(2)砂漠の国で

 篠杜家は、中東のある国に招かれて行った。

 父の行人は歌舞伎俳優、母恵梨香は元女優、長男泰英は小学生ながらすでに何度も舞台を経験した歌舞伎役者で、まだ4つの次男湊は、兄と父親と一緒に、この前一度だけ舞台に立った。

 この世界のセレブが集まる砂漠の地で公演を行う事になり、家族揃って訪れたのだ。

 公演自体は大成功で、泰英と湊のチビッ子役者もかわいいと人気だった。

 そして何より、日本にはない砂漠の景色や食べ物に夢中になった。

 その日も、日本では考えられないような強い日射しの下、どこまでも続く大きな砂漠をラクダで散歩するツアーに申し込んで、出発を待っていた。

 その時急に爆音が響いて、爆風が吹き荒れた。ロケットランチャーだ。

 湊もわけのわからないまま、熱い地面に投げ出された。そして、何事かと顔を上げた時、そばに立った誰かが、湊の腕を掴んで立ち上がらせた。

「ありがとう」

 言って、その外国人の男を見た。

 男はくすんだ金髪をした華やかな男で、微笑むと、湊の頭に固いものを押し当てる。それがライフルというものだというのは湊もテレビで知っていた。それがどういうものかも。

 驚いて目を丸くしたままの湊を抱え上げ、男は走り出した。

 時々、何か怒鳴り、頭をライフルの先で突く。

 そして、湊を車に放り込み、それから次々に男達が乗り込むと、人々の悲鳴を置き去りにして、車は砂漠に走り出した。

 男達は湊にはわからない言葉で何か話しており、何かを湊に訊いていたようだが、湊はわからないので小さくなっていた。

 それから車はどこかの街へ辿り着き、湊は、ほかにもたくさんの子供達が入れられているコンテナに入れられた。


 子供達の人種は様々で、年齢は、湊が一番小さいくらいで、大きい子で10歳前後か。日本語を理解できる子が1人もおらず、湊は単語の断片でのやり取りで、彼らとやり取りしなければならなかった。

 食事は日に1回。水と、シリアルバー。湊にすればお菓子だと思ったが、軍用のレーションだった。カロリーが高いから、これと水を自分で小分けにして摂れという事だ。

 そして時々、子供が数人連れ出され、しばらくすると、ドカンという大きな音がして、中の何人かが戻って来た。怯えたり泣いたり、他の子と抱き合って泣いていた。

 湊の後にも新しい子が来て、湊も片言の会話から数種類の言葉を独自に覚えた頃、湊が外へ連れ出された。

 車の前に横一列に並ばされ、ライフルを向けられる。そして、進めと命令された。

 恐々進み出す他の子と一緒に、足を踏み出す。

 数歩進んだ時、数人離れたところでドカンと音がして、強い風にあおられ、しゃがみ込んでから見ると、子供が1人、足を失って血塗れになって倒れていた。

 地雷の除去、安全な通り道の確保をさせられていたのだと、湊はこの時知った。


 彼らが大きなテログループで、リーダーがオシリスという名前だと、ようやく知った。

 その頃には湊も何度か地雷原を歩かされていたが、どうしてもその先には足を下ろせないという、嫌な感じがする事が何度かあった。最初はそれでも「行け」と言われたが、それでも行けずにいると、湊を連れて来た男が何か言って、湊と子供達は戻され、車はそことは違うルートを進んだ。

 そういうのが繰り返されているうちに、その男がオシリスだと教えてもらい、湊はカナリアと彼らから呼ばれるようになっていた。

 彼らは移動し、時々男達が出掛け、また訪ねて来る。時折戦闘になって男や子供が減った。

 その内、オシリスとその側近グループは彼らから離れて活動の場を世界中に広げ、危険を「嫌な感じ」として事前に察知できるらしい湊を連れ歩くようになった。

 危険を察知できなくなれば役立たずだ。これまでの子供への扱い方を見るに、殺される。

 湊は役に立つために、危険を察知してはすぐに知らせなければならない。五感を研ぎ澄ませ、色んな言葉を覚えて耳を澄まし、視線の動きやしぐさを見て嘘を見破ろうと努めた。

 そんな生活にも、終わりが近付いて来た。

 湊がテログループに囚われてから、10年が経っていた。



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