第14話 オシリスのカナリア(3)杮落しの悪意

 ホールの駐車場に入ってもなお、湊は車を降りるのを躊躇していた。

「湊。子供じゃないんだから」

 涼真が言うのに、湊が唇を尖らせる。

「嫌なものは嫌なんだ。俺は外の駐車場で誘導でもしたい」

「はいはい、行きますよ。湊君も」

 雅美が笑顔でグイッと腕を掴み、嫌々な湊を囲むようにして、4人はホールへ入った。

 今日はこのホールの杮落しだ。本格的に演劇も演奏会もできるホールとして設計されており、歌舞伎の翠玉屋が上演する事になっていた。

「雪三郎さんはかっこいいし、雪四郎さんはきれいだし、楽しみだわ。何とか見えますよね、舞台」

 悠花がワクワクとしたように言い、雅美も同意する。

「ねえ。元女優の奥さんは美人で優しそうだし」

「理想の家族ですよね!」

 聞いていた涼真も、

「まあ、好感度は高いよね。理想の家族っていうアンケートで、大概上位だし」

と言う。

 湊は辺りを見回しながら、言う。

「じゃあ、楽屋周辺はお前らが頼む。俺は絶対に嫌だ」

「湊ぉ。何で?」

「湊君もカッコいいですよ?」

 涼真と悠花が言い、雅美は笑いを堪えた。

「そういうんじゃないから。

 とにかく、頼む。俺は……搬入口とかに行く」

「持ち場の割り当ては決まってるんです。皆、従って下さいね。警備課に叱られますよ」

 雅美が言って、仕方なく皆は返事し、持ち場へ向かった。


 湊は受け持ちエリアのチェックをしていた。

 その背後から、声がかかった。

「湊?お前、どうしてこんな所にいるんだ」

 振り返ると、翠玉屋の二大看板、真砂雪三郎と雪四郎、雪三郎の妻が立っていた。会場入りし、これから楽屋へ行くところらしい。

 険しい表情の男2人と困ったような表情の女に、湊は努めて無表情で答えた。

「仕事です。ホールの警備に駆り出されたので」

 それを聞く様子もなく、雪三郎は辺りを見回しながら言う。

「お前はうちにはそぐわない。異質すぎるんだ。近寄るなと言っておいただろう。タニマチもいい顔をしない」

 雪四郎も、声を潜めて言った。

「くれぐれも見つかるなよ。ましてや、今日は記者も多い。思い出させて余計な詮索をさせるな。いいな」

 湊は肩を竦め、

「仕事中なので、失礼します」

と言い、離れて行った。

 雪三郎の妻だけは何か言いたそうにしていたが、結局3人で、足早にそこから離れる。

 それを偶然、涼真は見ていた。同じ個所を手分けしてチェックしていたのだから、当然とも言える。

(今の、何だ?知り合い?)

 首を捻ったが、面と向かって訊くのもはばかられた。

 そして、インカムを通して、雅美と悠花も聞いていた。

「今の、雪三郎と雪四郎ですよね、雅美さん」

「だと思うけど……。

 そう言えば、雪三郎って昔中東へ公演に行って、テロに巻き込まれたわよね」

「え。そうなんですか?」

「確か、4歳の子供をテロリストが人質として連れ去ったとか。年齢からして、雪四郎じゃないわ。そう、弟さんがいたはずよ」

「まさか」

「湊君だと、年齢的には合うはずだわ」

 しばらく2人は無言で見つめ合っていたが、まずは仕事だと、チェックを続けた。


 客が入り始め、警備担当者は、入り口などの警備にまわる。

 別室は、ホール内の監視カメラをチェックだ。

 たくさんある画像を見ながら、皆はチラチラと湊の様子を窺っていた。

 と、堪り兼ねたのか、湊が言った。

「何か?」

「え?ええっと、その、昨日とかのあれ、何かなって。これまでも、やたらと事件発生が事前にわかると言うか」

 涼真が、まさか訊くわけにもいかず、誤魔化した。

「危険察知というのか……人の悪意が何となくわかるから。それに、爆弾はあるのに危険な感じがしなかったから、爆発はしないだろうと」

 湊は、どこか緊張感を孕んだ様子で画面を見ながら、答えた。

「凄いなあ、それ。まさに、警備のための能力だよな」

 涼真が目を丸くした。

「あ、でも、人込みだとそういうのがたくさん入って来るんですか?」

 悠花が言い、湊は頷いた。

「ああ。だから、人込みは嫌いなんだ。こういう所も」

「何かきっかけとか、あったのかしら」

 それで皆はドキッとし、湊は言葉を失った。

 が、不意に湊の表情が強張る。

「嫌な感じがする。でも、どこか、何かわからない。それが、今急に強くなって来た」

 3人が、ギョッとしたように湊に注目する。

 その時、建物の入り口ドアがいきなり閉まり始めた。

「え、何?」

 画面でそれを見て、悠花が狼狽える。

 その時、勝手に館内放送が入った。

『オシリスです。舞台に爆弾を仕掛けました。今閉まっているドアを開けると、爆発して、ホールの皆さんは全員死ぬでしょう。そのままだと、10時までは生きていられます。あと10分ですね。さあ、遺言の準備を急いでどうぞ』

 変声マイクを通しており、男か女かもわからない。

「とにかく警察に連絡を」

 雅美が電話に飛びついた。



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