第13話 オシリスのカナリア(2)爆弾

 秘書課別室は、ある企業の新商品発表会の会場整理の手伝いに駆り出されていた。急成長中の会社で、集まったマスコミの数はかなりのものだ。

 そしてそれはロビーで行われるので、一般人も自由に入れるという、警備員泣かせの形態だった。

「過労死裁判でバッシングもあるんだから、もっと安全な形でやればいいのに」

 悠花が言うのに、湊がどうでも良さそうに言う。

「バッシングなんて怖くない、後ろ暗い所はありませんよアピールだな。

 それでえらい目に遭うのは警備担当者なのに」

「湊、聞こえたらどうするんだよ」

 涼真が声を潜めて注意した。

 それに湊は軽く肩を竦めた時、発表会が始まった。

『本日は当社の新作モデル発表会にご来場いただきまして――』

 型通りの挨拶を司会の広報部員らしき社員が始め、ざわめきは収まり、誰もが舞台に注目する。

 その視線の先には大きな画面があり、新製品のPR動画が流れ始めた時に、異変は起こった。

『弱者を踏みつける金の亡者に、正義の鉄槌を下す』

 合成ボイスが流れ、新モデルのパソコンの代わりに、ライフル2丁を十字に重ねた上にエジプト神話のオシリスのイラストが被さる有名なマークが映る。

「オシリス!?」

 世界一有名なテロ集団、オシリスのエンブレムだ。

 湊達も緊張したが、皆に動揺とざわめきが広がる。

『真摯に反省するなら金を振り込め。詳しくは後で知らせる。まずはあいさつ代わりに、本気だと知らせよう。

 左の階段に注目したまえ』

 全員がそちらを見た。ロビーの左端には階段があり、いつの間にか、その階段の下にはダンボール箱が置かれていた。

「爆弾!?」

 オシリスはデモンストレーションとして小さな爆弾を爆発させ、裏で取引して、本当に殺すような爆破やバレるとまずい情報の流出をしない代わりにと莫大な金を要求するのだ。

 誰もが次にはそれが爆発すると思い、耳や頭をかばいながら、目を離さずにいた。

 その中を、足早に湊が近付いて行く。

「え、湊!?おい!」

「大丈夫だ。これは危険な感じがしない」

「ええ!?」

 本来警備を受け持つ班の人間が迷うようにしながら制止するが、構わずに湊は近付き、箱を開けた。

 誰かが、「ひっ」と声を上げるが、爆発はしない。

「イタズラか、失敗だな。警察を」

「オ、オシリスが失敗か」

 班長が言うのに、詰まらなさそうに答える。

「これは、オシリスの名をかたった偽物ですよ。しかも、程度の低い」

 ロビーの中が、シンとし、次いで、ハチの巣を突いたような騒ぎになる。

「何で、そんな事が――!」

「こんな無様な事、すると本当に思うんですか?配線も雑で、安っぽい」

 そう言った湊は、もうそれに興味を無くしたかのように立ち上がった。


 その後、警察が来て、湊も聴取を受けた。相手は、公安だ。

「なぜ、オシリスでないと?知っていたんじゃないのか?あそこには仕掛けないという事を」

「知りません。でも、現物を見れば誰だってわかるでしょう?」

「ふざけるな!本当は今でも連絡を取り合っているんだろう!?」

「いいえ」

 延々とそういう会話を繰り返し、柳内と錦織からの抗議でようやく解放されたのは、夜になってからだった。

 秘書課別室に戻ると、皆が待っていて、夕食を作っていた。なので、食べながらのミーティングとなる。

 豆ごはん、キャベツとトマトとアジフライ、高野豆腐、わかめと玉ねぎの味噌汁。

「豆が甘あい」

 悠花がにこにこして言い、涼真はアジフライに豪快にかぶりついて、湊に言った。

「あれ?ソース?しょうゆじゃないの?」

「ウスターソースだろう、アジフライは」

「ソースはくどいんじゃないかな?」

「それはとんかつソースだろう」

 言い合っていると、雅美は塩をパラパラと振っていた。

 結局、ウスターソース、しょうゆ、塩、味噌ソース、マヨネーズと見事に分かれ、各々が推しの理由をアピールして、賑やかに夕食会は終わった。

「警察によりますと、あれはどうも、オシリスの模倣犯によるものだったようです。犯人については捜査中らしいですが、あの場に混乱もなく収まって何よりでした。

 まあ、湊君は、事情の説明で拘束されましたがね。向こうの課長と柳内社長からも、よくやったと言っていただきましたよ。

 それで明日なんですが、新しい演劇ホールの柿落しの警備、よろしくお願いしますとの事でした」

 錦織がにこにこと言い、それで皆、

「よし、頑張りましょうね!」

「褒められると、モチベーションが違いますね」

とやる気になる。

 そして、明日もがんばろうと、各々帰宅する事にした。


 その頃、彼はイライラと呟きながら、作業をしていた。あの爆弾の制作をした、犯人だ。

「程度が低い!?配線が雑!?安っぽい!?無様だと!?クソッ!」

 そして、たった今完成したそれを見つめる。

「俺が最高だって知らしめてやる。誰か知らないが、警備員を見せしめにしてやる」

 そして、狂気を浮かべた目で、にやにやと嗤っていた。




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