第11話 研修(3)転機
男同士、肩を組んだりするのは当たり前で、同期で飲んだ後、泊まって並んで寝るのもよくある事だ。珍しくもない。
しかし、手が触れたり、シャワーや着替えで半裸の姿を見たり、間近に顔を見て、ドキドキしたり切なくなったりするのは、よくある事ではないと雅美にもよくわかっていた。
なので、悩んでいた。
しかも倉石は、飲んで酔うたびに
「木賊が女だったらなあ。結構好みのタイプなのになあ」
と言っては抱きついて来たりして、雅美は口説かれているのかと本気で悩んでいた。
そして、とうとう決意した。自分が女になろうと。
決意を告げようと、告げ方を1週間悩んだ挙句にやっと心を決め、会社に行った雅美を待っていたのは、倉石のにやけ顔だった。
「え?結婚?」
「そうなんだよ。彼女とやり直す事にして、話し合って、婚約した。俺も仕事仕事で悪かったしな」
「……ああ……そうなんだ。それは、おめでとう」
雅美は、その後の記憶が、ちょっとない。
その後、雅美は倉石とは別の班になり、可愛いと同期でも人気の女子に告白されたので、付き合ってみた。
が、だめだった。色んな所が気になる。こういう所が倉石みたいなやつをその気にさせたのか、とか、こういう所に倉石は騙されてるんじゃないか、などと思ってしまう。
そうして、自分もこうしていたら倉石は、と考え、ストレスの末に思い切り吹っ切って、女になってしまったのだった。
当然、彼女とは別れた。そして、皆、触れてはいけない事として、雅美の本物の美女にしか見えない姿に何も言わなかった。
が、新しく入って来た新人はそんな事は知らない。
雅美を見た目通りの美女だと皆が信じ、その中の1人は雅美に告白し、倉石のようなワイルドなタイプだったので雅美は付き合う事にしてしまった。
後輩の内山という彼は、優しく、頼りがいがあり、雅美を大事にしてくれた。そして、プロポーズまでしてくれたのだ。
雅美は嬉しかったが、誤解していた。雅美が男だと、彼も知っているだろうと。
結論を言うと、彼は知らなかった。どこから見ても美女で、先輩達は雅美が男だなんて言わなかったし、映画やドライブや食事などのデートはしたが、そういう事はしていなかったし、温泉やプールなどにも行った事がなかったのだ。
そこで内山は呆然とし、雅美も呆然とし、お互い気まずくて、なかった事として、雅美は別の部署に配置転換願いを出す事となったのだった。
研修が終わり、別室の4人で居酒屋に繰り出し、雅美はそんな事を思い出していた。
そして、なぜか喋っていたのだった。腫れ物を扱うように気を使う涼真と悠花に申し訳なかったからか、湊の雰囲気や居心地が、自然体で気を遣わせないからか。このメンバーなら話しても態度が変わらないという気がしたのは勿論だが。
「失恋ですかあ。雅美さん。今度合コン行きましょう」
悠花が、焼酎で怪しくなった呂律で言った。
「合コンねえ」
言いながら、雅美はシシャモを食べた。
「雅美さんも悠花さんも、好みがわからないです。悠花さん、この前は美少年アイドルを崇めてたのに、次の日は渋い俳優を見て愛人でもいいとか言ってたし」
涼真は眉を寄せた。
「そういう涼真君はどういう子がいいのよう」
「ボクは、かわいくて素直で明るい子です」
湊がフッと笑い、涼真はムッとしたように噛みついた。
「文句あるのか?」
「別に。人それぞれだからな」
涼真はムッとしたように、とん平焼きにかじりついた。
「そういう湊君はどうなのかしら」
「俺は、興味ないというか……タイプっていうのがわからないな。
強いて言えば、危険を感じなくて、こっちに悪意がなくて、自分で自分の身を守れる人」
「……すまん。よくわからん」
涼真、雅美、悠花は、湊を何とも言えない目で見て、湊は肩を竦めた。
「人それぞれだ。涼真みたいなのがタイプという人もいるかもしれないし、悠花さんが好みと言う人もいるだろうし、雅美さんが好みという人もいるだろうしな」
「ちょっと待て。何でボクだけ、かも知れない、なんだよ」
「細かい所にこだわる涼真がいいという人もいるだろう、うん」
「ケンカ売ってんのか、湊」
それで雅美も悠花も笑い出し、雅美は涙が出るほど笑った。
そうだ。自分が好みだという人がいるかもしれないではないか。
雅美はグラスをグイッと空け、店員にお代わりを頼んだ。今日は酔ってやる。自分をセーブして、チマチマと縮こまっているのはやめだ。
「テキーラ、ボトルで」
湊、涼真、悠花が、雅美がザルどころかワクなのを知ったのは、この日だった。
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