第10話 研修(2)思い出

 研修を終え、やっとタマゴからヒヨコ扱いをされるようになった新人達の中に、雅美もいた。リクルートカットで細身の体型。爽やかなイケメンとして、新入社員の中で、女性社員に人気がある1人である。

 仲のいい同期の倉石は、ワイルドなイケメンとして人気で、雅美と倉石は、ある種ゴールデンコンビだった。

「くそ、また負けた!2勝12敗だ!」

「違うよ。13敗だね」

 涼しい顔で、雅美が訂正する。

「俺は、本番に強いんだ!見とけよ!」

「期待してるよ」

 近接戦闘の訓練を終えた2人は、並んで更衣室に向かった。

 雅美は子供の頃から空手をやっていて、訓練ではほぼ負ける事もない。倉石は、型よりも直感のタイプらしく、ルールに縛られた訓練では、どうも分が悪いようだ。

 そんな新人である2人も、現場に投入される。まずは、イベント会場の交通誘導だ。

 簡単だと思っていたが、言う事を聞いてくれない人もいれば、何か文句を付けて来る人もいる。立ちっぱなしというのもなかなか辛い。

 順番に休憩は取るが、警備というのが簡単ではないのだと、思い知らされる仕事だった。

「交代だ」

「おう」

 声が枯れて来ている倉石に声をかけ、雅美は交代を告げた。それに倉石はホッとした顔をしながら、休憩場所へと向かう。

 その時だった。

「何すんのよ!?」

「お前が!お前がぁ!!」

 そんな大声に続き、悲鳴がした。何事かと、騒ぎの中心の方を見ると、若い男が、若い女と睨み合っている。

 痴話げんかかと、雅美は割って入ろうと近寄った。

「どうしましたか?」

「うるさいっ!!」

 雅美の方を振り返った男は、右手に大きなナイフを握り締めていた。

「え!?」

「お前も俺をバカにすんのか!?」

 言いながら、男はナイフを雅美に向けて突っ込んで来た。

 悲鳴が上がる。雅美は男を――近付いて来るナイフを見つめていた。どうするべきか。揉めている相手は?この男の扱いは?払っても周りに被害は出ないか?

 スローモーションのように思える時間の中、雅美はいきなり横合いから突き飛ばされて、ギョッとした。それと同時に倉石が男に躍りかかっており、倉石はフォームも何もメチャクチャながら、男を地面に叩き伏せていた。

「離せ!!」

 男は喚いて、ナイフを持った手を振り回そうとした。それを、雅美は手首を踏みつけて封じる。

「危ない!」

「お、サンキュ!」

 男を完全に取り押さえ、そこで雅美の背中にドッと汗が流れた。

 男は警察に引き渡したが、恋人が浮気をし、頭に来ていたらしい。

「助かったよ、木賊」

「いや、こっちこそ。ありがとう、倉石」

「しかし、恋人が浮気かあ。くそ。嫌味か」

 倉石がぼやく。大学時代から付き合っている彼女が浮気をしたとかで、最近別れたらしい。

「まあまあ」

「木賊が女だったらなあ。さっぱりしてるし、顔もきれいだし、相性はいいし。絶対に上手く行くのにな」

 倉石が言い、雅美はドキッとした。

「な、何言ってるんだよ。俺は男だぞ」

「わかってるよ。

 ああ。惜しいなあ」

 倉石は笑ったが、雅美は内心、ドキドキしていた。倉石を見るたびにドキドキし、彼女と別れたと聞いて少し嬉しかったなんて、とても言えない。知られてもいけない。

「さあ、帰って報告だな」

 2人は並んで歩き出した。






 


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