エピローグ
17 エピローグ
「観客動員三〇〇人突破! っすね、エイコ先輩!」
「そうですね。やっぱ丁寧に作るってのが大切なところみたいですね」
「公園の村さんも喜んでたっすよ」
「……なによりです」
「ついでに、わたしの書いた、つたないスクリプトもアイデアも好評で嬉しすぎっす!」
「そうですね」
「このままいけば、一〇〇〇〇突破も夢じゃないっすね!」
「……いえ、夢です。そんなのは」
「な、なんでっすか? 雑誌にも載ったじゃないっすか」
「そうですね……簡単に言えば、もう飽和してるんです。無料のゲームなんてのは。今回の『MG3』程度のクオリティのライバルは今日も明日もバンバン出てきます。諸行無常ってやつですね。こっちは三ヶ月で作った程度のゲーム、一〇〇〇〇ヒットなんてのは、個人が一、二年、あるいはもっとかけて作ったゲームか、それ以上の労作ばかりです」
「そんな……」
急にしょんぼりとしてしまうシュガトロ。
エイコックはさらに、
「私は色々と個人制作でゲームを作ってきましたが、よっぽどじゃないと、たとえば五〇〇人の、五〇〇人ほどの感想なんてありえない、そういう世界なんです。一番の自信作でも、感想、レビューは一〇個程度でした」
追い打ちをかけるようなことを言ってしまった。
「えぇー……でもでも、三〇〇いったじゃないっすか」
「三〇〇程度です。残念かもしれませんが」
「残念……」
シュガトロは俯いて、テーブルに突っ伏してしまった。
「でも問題はないです」
「……」
「また作ればいいんです」
「……」
「アイデアは無限にあります」
「……」
「私の『アイデアメモ.txt』は一〇八メガバイトあります」
「……」
「傷つけるつもりはなかったんです、すみません」
「……」
「さっき言ったような、フリーゲームが星の数ほどあるなんてことは、先刻承知だと思ってて」
「…………」
シュガトロはずっと突っ伏している。
「シュガトロさん?」
「……なんっすか」
突っ伏したまま返事をするシュガトロ。
「ヒーローやヒロインになれるのは、ただ一日だけなんです」
「……どういう意味っすか」
「生まれたときです」
「……どういう意味っすか」
「でも、そのただ一日を、何回でもできるんです。生きていれば」
「意味分からないっすよ」
「そうですね。私にもよく分かりません」
店内のジャズは次のブルースな曲に移っていた。
アコースティックギターの音色だけの世界になった。
「……先輩」
「何です?」
「悲しいっす」
シュガトロはそれが全ての答えになるようなたった一言をそう発した。
涙声だった。
努力はむくわれたはずだった。
サイキョーのゲームを作ったと思ってた。
世界を獲ったと思った。
なのに先輩は『現実』というナイフで突き刺してきた。
「そうですか……言い過ぎましたね。本当にすみません」
エイコックは単に謙遜しているだけだったのかもしれない。
沈黙が降りた。
長い沈黙だった。
ギターの静かな音色がノイズになってしまうような、寒々とした空気。
だが、次の曲に移る瞬間、シュガトロの足がテーブルの下でエイコックの足を踏みつけた。
「痛っ!」
「ヒーローなら、なぐさめろ! ヒロインっすよ! こちとら!」
ガバッと起き上がった。
顔には涙のあとがあった。
「あたまなでろ! ニャー!」
「ええと……それは……私の流儀に反します」
「いいから!」
再びテーブルに突っ伏すシュガトロ。
エイコックは、流儀に反した。
一五分ほど。
「えへへー」
やがてシュガトロは回復した。
猫のように伸び、椅子から立ち上がり、
「完! 全! 復! 活!」
拳を突き上げた。
真上への正拳突きのように。
「じゃあ、次回作の企画の話をしても?」
「ばっちし! つーかなんでへこませにきたんっすか先輩! 調子に乗るなとか図に乗るなとかっすか? そんなもん乗りまくってやるっすよ、調子も図も! こうなったら何回でもヒロインになってやるっす! こちとらニガテな数学もC++もJavaも克服する所存っす!」
「それじゃあ、携帯端末用のゲームがイイかもですね。観客動員五〇〇人突破を目指しましょう」
「できるっす! 明日までに企画書でもコンセプトアートでも画いて描いて書きまくってやるっす!」
「謎のハイテンションで書くのは、いいことです」
「それな!」
「それですね」
こうして、とてつもなく熱量のあるゲームが、再び作られはじめることになった。
彼ら、彼女らの次回作は何ゲーと呼ばれるか。
そんなことは誰にもわからない。
そして――
それはまた、別のお話。
[了]
電波JKと一緒にゲームを作ったらそこそこ楽しいにちがいない 古歌良街 @kokarage
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