隠れ家だったほうの喫茶店
13
隠れ家だったほうの喫茶店で、エイコックは三〇〇円のコーヒーをすすりながら、ミンメイ書房紙カバーの文庫本を読んでいた。携帯端末はいつものように電源を切って自宅においてあり、持ってきていない。
ピアノジャズが流れる店の入口の扉がカランカランと音を立てた。ブレンドコーヒーが注文され、エイコックのところへ足音が近づいてきた。
「おいっす! やっぱり居たっすね!」
「……オイッス」
とりあえず、挨拶は重要だ。
「いつも何の本読んでるんっすか?」
「今日はまだ人間じゃない」
「はい?」
エイコックはミンメイ書房のカバーをはずして、シュガトロに文庫本の表紙を見せた。
「ああ、本のタイトルっすか。ついにくるったのかとおもったっすよ……P・K・ディック?」
「ネットで『どう見ても釣り』って感じの『介護スタッフに噛み付いたり蹴飛ばしたり、脳死ならぬ人間死というものが……』とか、要するに『もう人間じゃない』云々言ってる人に読ませたくて再読してるんです」
「どういう性格してるんっすか先輩……ところでその小説の内容気になるっす! ネタバレオッケー、カモンカモン!」
「堕胎を皮肉った産後堕胎、要するに三歳までならまだ人間じゃないから殺してもよい、そういうネタの短編SFです」
「うーん……そんなの読ませたがらないほうがいいと思うっすよ……」
ホントにどういう性格してるんだ、と、シュガトロはあからさまにひいた様子だ。
「しかし、携帯端末切ったのに、よくここ来ましたね」
「そうだ、本題っすよ。ゲームの。エイコ先輩、ヒントなしだとやっぱキツイっす……どーしてもヒントが欲しくて!」
「どのへんがです」
「最下層のレッサー・オモチビースト軍団のこの『ぴょんぴょん飛び跳ねる体当たり』は調整必要っすよ……ってメール送っても返事こないし。
それに、ベリルが寝ちゃって一人でしか進めないんっすけど、どこで2プレイヤーモードにできるんっすか?」
「それは一部ネタバレになりますけど」
「じゃあネタバレにならない程度にヒントを!」
「オモチビーストには『しびれダンゴ』が必須になってます」
「どおりで……この面まではしびれダンゴの効果が一瞬だけだからほとんど使わなかったっすね。あー……そういや最初の方で『その技しびれダンゴと餅』ってあったっすね」
「とりあえず安全地帯から投げてればなんとかなります」
そして、では早速、とシュガトロはノートパソコンを取り出し、ジョイパッドとイヤホンジャックがしっかりハマっているのを確認し、ステージセレクトでゲームを始めた。
画面端の隠された小さな段差をジャンプして登っていくヨモギ色の魔法使い。
そして、画面右上の安全地帯からしびれダンゴを投げまくる。
ダンゴをぶつけられたレッサー・オモチビーストたちはおとなしくなり、あとは「ひっぱたく」だけだった。
倒された魔獣レッサー・オモチビーストは炭水化物とタンパク質をほどよくふくんでるんです、とエイコックがよくわからないことを言った。
「初見殺しというか詰むというか……作り手の性格がひねくれてるのはよくわかったっす」
「いやいや、最近のヌルゲーだと、初見殺しが嫌われてるとかいわれますけど、一応は五回目くらいでクリアできるようにしてるつもりです」
「いわゆるイージーモードは入れないんっすか?」
「もう入ってます」
「へ……? そんな選択肢無かった気がするんっすけど?」
「同じ面で一五回倒されると、自キャラのHPが一時的に倍になるんです」
「そうっすか……五回にしといて欲しいっす」
「そうしましょう」
「そこはあっさり決めるんっすね」
「あとイージーモードもあったほうがいいですね」
「そこまで?」
「『ゆとりモード』とかいう名前で」
「……やっぱひねくれてるっす」
「『カジュアルモード』に対抗したかった、と供述します」
「で、2プレイヤーモードは?」
「ほぼ完成してるんですが、ネットプレイの実装がまだまだだから……メディアに入れて持ってくるので、明日またここで会いましょう」
「へぇー……」
「どうかしましたか」
「エイコ先輩から誘ってくるとは……わたしの好感度上がっちゃうっすよ?」
「それは良かったですね」
エイコックは作り笑いなのか普通に感情が出たのか本人にもわからない笑顔でそう言った。
「う……じゃあ、また明日っす! あと端末持ち歩いてほしいっす!」
「ではまた明日」
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