帰らずの宝物殿

   12


 拘束されたヨモギ色の魔法使い。もはやなすすべもなく*巨大*げっ歯類に頸動脈を食いちぎられてしまうのか。死を覚悟した。

 だがそこで、緑竜ベリルが凄まじい咆哮とともに恐るべき怒りの炎を吐き、げっ歯類を焼き、溶かした。

 げっ歯類の体――体だったもの――は崩れていった。骨まで焼かれ、塵となった。


 こうして、ヨモギ色の魔法使いとその相棒は、なんとか*巨大*げっ歯類を倒した。ヨモギは、最大級の功績をあげて疲れ果てた緑竜ベリルに『赤飯まんじゅうXERD』を与えた。ベリルはそれを美味しそうに食べ、

『チョット、ヤスム……』

 いびきをかいて眠りだした。

 大抵のドラゴンの眠りは深い。そして長い。短くとも七日は眠ることになる。飛行したり、炎を吐いたりするには、相応のエネルギーと気力が要るのだ。

「救けてくれてありがとう。お礼は必ずするわ」

 そしてヨモギは一人、妹ジェノシィの『糸』をたどって歩いた。

 そして、ついに最下層にたどりついた。別名『帰らずの宝物殿』。

 なぜ最下層だとか別名がそんなだとわかるのかというと、宝箱がいくつもあり、そのうちの一個に妹ジェノシィの筆跡で、


『ここは最下層 帰らずの宝物殿』


 と書かれていたからだ。

 高い天井があり、キラキラと光る水晶が部屋を満たしており、黄緑色のアダマンタイト鉱石やミスリル銀の剣や斧、指輪、ネックレス、ブレスレット、豪奢なドレス、そんな人工物の宝が散らばっていた。黒真珠、琥珀、翡翠、瑪瑙、サファイア、トルマリン、アクアマリン……そんな宝石類もそこかしこに散らばっている。金の王冠そのものすらあった。

 魔法使いであるヨモギの知識から推測すると、これらは古代のドラゴンのうちの一匹が人類を襲って奪い取り、何の役にも立たないそれらをためこんだものに違いなかった。ベリルのものだろうか? いや、ベリルはもっと若い。おそらくベリルの亡き親竜たちの時代のものだ。

 さらに床を照らすと……砂利と想われたものすべてがダイヤモンドだった。

 なんと美しいことか。しばし恍惚に浸るヨモギ。

 そしてふとわれにかえり、妹ジェノシィのことを再び思い出した。

 本当に、ここを通過しただろうか?

 ヨモギはいくつもある宝箱のなかで、手近なものを開けてみた。一枚の紙が入っていた。

「ビンゴ」

 ヨモギはつぶやいた。

 その紙には、ランダムな数字が5✕5のマスに書かれていた。中央のマスはFREEとなっている。

 この小ネタは『裸の銃を持つ男』という映画に出てくるギャグで、ヨモギは、

「こんなところでこんなネタを仕込むのはどう考えても……」

 妹ジェノシィ以外にありえない、と溜息をついた。こんなところでウケねらってどうするの。しかし、縦横斜め、各合計がどれも素数になっているのかも、とも思った。全然なっていないだろうとも思った。ビンゴの紙を裏返すと、「ジェノシィ参上」と魔女言語で落書きがあった。

 ここまで元気なのに……


『ここは最下層 帰らずの宝物殿』


 というさっきの落書きは何だったのだろう?

 家に帰らないつもりなんだろうか。

 ネットは明らかに圏外だし、食料やらもそう簡単に手に入らなそうなのに。

 妹ジェノシィはどうしているんだろうか。

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