ヨモギ色の魔法使い

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「いらっしゃいませー」

 その声には、あまりやる気がなかった。だが、声をかけているのが救いだ。

 いや、まだ救いはあった。その声を出している魅力的な女店主も忘れてはならない。彼女のオリーブ色のなめらかな長い髪は彼女の眠たげな目を隠しているが、それが評判に――なぜか――なっていた。

 いやいや、まだ他にも救いはあった。商品がとても美味しかったのだ。

 ここは、《ヨモギモチダンゴ本舗》。

「本日は三色団子がお求めやすくなっています」

 店の外から見た建物はやる気のないふうのたたずまいだったが、商品はそこそこ売れていた。チリ一つ落ちていない清潔感、間接照明を駆使した、わびさびを感じさせる純和風な灯りが緑色や赤色の敷物や壁紙をてらしている空気感、客の興味を惹くように計算された商品の配置。客は感心し、試食した人のうち9割以上はダンゴを多めに買って帰る。

「まいどありがとうございまーす、またおこしくださいませー」

 つまり、くりかえすが、店の団子と餅がとても美味しかったのだ。きなこ餅、わらび餅、チーズ焼き餅、海苔巻き餅、よもぎ餅、ずんだ餅、赤飯まんじゅう、三色団子、みたらし団子、メープルシュガー団子、醤油焼き団子……餅類はその場で焼いたりもできる。商品を買って一〇円払えば、緑茶や紅茶、烏龍茶をその場で飲めるサービスもあった。

 郊外の店舗にしては客があり、一日に三〇〇個は売れていた。

 女店主は《ヨモギ色の魔法使い》。

 彼女は緑色を好んで、緑のノースリーブのローブと、緑の魔法使い的とんがり帽子を身に着けていた。オリーブ色の髪は背中まで伸びていて、長い前髪が瞳を隠していた。

 目を隠すことには理由があった。生まれつきの赤色の虹彩は彼女自身の嫌いなパーツだったのだ。それが理由。もっとも、「赤いルビーのような虹彩が魅力的な店主」という評判もあるらしいと聞いたが、彼女はやはりそれでもその評判を「おせじ」かつ「いやみ」と受け取ってしまっていた。「赤のカラコンなんてマジ? って行ってみたらほんとに赤かった。わざわざ記念撮影しようかと思った」とネガティブな口コミも見てしまったのだ。そして、いまさら茶色や黒のカラーコンタクトをつける気にはなれない。


 ある日、常連客の一人が《ヨモギ色の魔法使い》(※以下「ヨモギ」)に、

「あのオモチのことを知っているかい?」

 とたずねた。

 ヨモギはしばらくぽかんとして、

「ええっと……? どのオモチですか」

「あのオモチで通じない? 餅は餅屋ってほどでもないか」

「通じませんね」

「そうか、伝説のオモチに魔女が関係しているらしいってネットで見てな。単なるうわさ話にすぎないってことか」

「魔女ですか。いわれると、かなり気になってきたんですけど……そのうわさってやつを教えてもらえますか?」

「おしえたいが、ただ言葉が独り歩きしてるだけかもしれないな。《オモチの洞窟》とか《財宝の書》とか《封じられた魔女》というのではどうだ?」

「わかりませんが……とても興味深いですね」

「これを見てくれ。ネットで意味不明なコピペとしてちょっとばかし出回ってるクソポエムなんだが……」


 一人の魔女おり 炎のロッドを持ち

 その技しびれ団子と餅 名はジェノシィ

 彼女は伝説のオモチや財宝の書とともに

 オモチの洞窟の奥深くに封じられた


「とまあ、こんな感じだ。どうだね?」

 ヨモギは絶句した。

「やはり知っていたのか?」

「知っているも何も、それ、わたしの妹ですよ。どう考えても。ジェノシィ。破壊者ジェノシィ。姉の私より先に『名前』を貰った……その名前とオモチが合致するのは世界中でわたしのただ一人の妹しかいません」

「そうか……よくわからないが、行方不明だったりするのか?」

「前にも勝手に家を出て、一ヶ月くらい海外に行っていたことがあって。そのときは、連絡はとれなかったけど、普通に帰ってきてました。今回も『ちょっとでかけてくる』とだけ言って、そのうち帰ってくるだろうと思ってました……が、今回はすでに2年くらい経ってます。前から、スクーターで世界一周するだの何だの言って、携帯端末が壊れているのに平気で旅してたから……」

「元気すぎる妹さんがいたんだな。だが、どうやったらこんな詩になるんだ? 詩が『正しい』理由は?」

「ジェノシィに同行した、いわゆる現地人ガイドが書いたんだと思います。そうでなくては、ジェノシィという名前は出せないです。それに、関係者がこの短いナンセンスな短い詩のようなものしか出せないとしたら、ジェノシィは本当に何かしらのトラブルに遭っています」

「ふーむ。警察に届けたほうがいいんじゃあないか?」

「そうですね……でも警察やらはあまり呼びたくないです、正直。こういう客商売ですから」

「じゃあ、どうする? 赤の他人の俺が口を出すことじゃあないかもしれないけれど」

「……とりあえず、ググりましょう」

 ヨモギは、端末を使って、世界各国の洞窟を検索した。

 洞窟の鉱山というだけで二、三〇〇個を超えそうだし、検索でヒットするのもそのうち五パーセントくらいだろう。だが、ヨモギはその中でもジェノシィがとくに行きそうな場所を探した。

 さらに、米類がとれるところ。以前出かけたときは料理屋で団子を作る仕事をしたとか言っていた。

 一番重要と思われたのは、うわさの詩。検索。

 ネットの巨大掲示板に匿名でランダムにちらほら貼られている。二ヶ月ほど前からあるようだ。しかし初出は探し出せなかった。日本語訳される前のこの詩がもしも、たとえばロシア語やイタリア語だったら見つけられる気がしない。

 しかしおよそ一週間後、ついに、現地語で《魔女の洞窟》という名の洞窟がある、という九割がた信用できそうな場所のデータを見つけた。「魔法使いが特に惹きつけられる魔法の宝石」の言い伝えがある、らしい。海外の、聞いたこともないような国の、発音すら難しい名前の地域に。

 翌日、ヨモギは旅立った。妹ジェノシィを救けるため。

 そして、財宝と伝説のオモチを二人で山分けするため。

 一週間後。

 《ヨモギ色の魔法使い》は洞窟の入り口に立っていた。冒険は始まった。

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