電波JKと一緒にゲームを作ったらそこそこ楽しいにちがいない
古歌良街
公園の住民
1
時はやや昔。五年前か、一〇年前か、それよりもっと昔か、それは好きに想像してもよい。あたかも、あったかもしれないと思える物語。だが、あえていうなら、そこに真実はほぼ無い。
2
その公園には高い木がたくさん植えられていた。しかし森林公園というほどではないので、林木公園といったところか。そんな言葉がもしあるとしたら。木枯らしが落ち葉を吹き散らかしていたり、入ってはいけないと警告された花畑があった。
そして、たくさんの木と草花と一緒にいくつもの寝床があった。それらは、馬小屋よりひどいダンボールハウスだった。主に青ビニールとダンボールでできていて、古新聞とボロ布にくるまって寝ると、冬でもギリギリ暖をとれる。実際に馬小屋のほうが快適かどうかはわからない。その寝床の住人たちの誰も馬小屋で寝たことがないからわからないのだ。なんだかんだあって、何人もの中高年の男性が住んでいた。
その『ガーデンパレス』という俗称のホームレス集団の新入りである「山さん」は、丁字カミソリでヒゲを剃っていた。
なぜカミソリがあるのか? そのカミソリは皆が一週間に一度ほど安い銭湯に行くとき、別の客が使い捨てた物をかっぱらって集めてきたものだった。銭湯にはもちろんガーデンパレス以外の客もいて、世間話から仲良くなったその客から、ある意味直接もらっていたようなものだった。
ヒゲを剃り終え、山さんは、となりの青ビニールの「村さん」のところへ行った。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
とりあえず、挨拶は重要だ。
さて、ガーデンパレスのベテランである村さんはヒゲを剃っていなかった。五センチくらいに伸びている。山さんは何日か前から気になっていたことを訊ねた。
「剃らないんですか?」
「剃ったところでいきなり就職できたり福祉厚生が良くなるのなら剃る。ジョセフみたいだ、と言われたのが剃らない最大の原因かもしれんがね」
「なるほど……?」
新入り山さんには、よくわからなかった。所在なげにベテランの部屋を見回した。
黒くて四角い何かがいくつか、それと、それらをつなげるケーブルのような何か。そんなものを発見した。山さんは、数秒を要して、それらがノートパソコンと携帯バッテリーだと気づいた。
「なんかパソコンあるんですね。ネットも使えたりするんですか?」
「これか。知人に千円で譲ってもらったオンボロノートだ。ネットにはつながっていない」
「スマホでのテザリング? とかはないんですか?」
「スマホは月額がはらえなくなると面倒そうでな……ノートパソコンは主にプログラミングに使っている」
「プログラミング? ああ、ベーシックとかC言語とかいうやつですか。学生の頃少しだけ課題がありました。村さんは何をプログラミング? しているんですか?」
ベテランの村さんは、
「……ゲームを作っている」
あまり言いたくなさそうにつぶやいた。
「ゲーム? ゲーム作るってすごいですね。プログラミングで? どんなのです?」
新入り山さんは当然のようにゲーム世代ではあったが、作る方を考えたことはほとんどなかった。
「分業制でな。見たらわかる」
村さんはパソコンを起動した。オンボロノートは2分ほどかかってデスクトップ画面になり、
「こういうアクションゲームだ」
ベテラン山さんは画面を見せた。主人公は緑色のとんがり帽子と緑色のローブを着た、16×16ドットの魔法使いのようなやつだった。
「横スクロール2Dアクションですね……なんか敵キャラクターが20種類くらい動いてませんか?」
「これはデバッグ用ステージってやつだ。この敵キャラクターを何個かずつつくる分業なんだよ」
しばしベテラン山さんにキーボードで操作された緑色の魔法使いは敵をぽこぽこと倒していき、ゴールについた。『ステージクリア!』と表示された。
「……すごいですね。もうゲーム会社とかにプログラマで就職できるんじゃないですか?」
「それほどでもない……というか文字通りアマチュアレベルだ」
ふん、とベテラン村さんがため息をついたそのとき、いきなり部屋の入り口がバサッとひらいた。
「おいっす」
笑顔の挨拶だった。とりあえず、挨拶は重要だ。
緑のブレザーを着て、スカートとニーソックスをはいた女子高生がいた。揺れる前髪はやや茶色がかっていて、黄色いリボンでまとめた後ろ髪は肩まで伸びている。
「やあ」
とベテラン村さん。
「ど、ドーモ」
と山さん。
女子高生は気づいた。
「お? お? もしかして新入りのかたっすか? わたしは佐藤トトロ、砂糖とトロ、シュガトロと覚えて下さいっす」
山さんは多少押され気味に感じた。
「あ、ああ、僕は山田二郎。新入りです」
「『新入りのヤマ二郎さん』っすね。よろしくっす」
とシュガトロは荷物をおろした。
「これ、飲み物20本っす」
「いつもありがとうな」
ヤマ二郎さんは、どすんと置かれたアイスボックスが軽く40キロもあることに気づいた。2リットルのペットボトル20本だったのだ。
「よくそんな軽く持ち上げられますね、ええと、シュガトロさん?」
「へへー、体力には自信があるっす。あ、そうだ村さん、新しいモンスター10個上がってるっすか?」
「バッチリできている」
村さんはデバッグステージの画面を見せて、一分ほどプレイした。
「うん、問題なさそうっすね! わたしもやってみるっす」
シュガトロは、ノートパソコンに向かい、自分の腕をクロスさせた。右手でZXCキーを打ち、左手で上下左右のカーソルキーを打った。
「かわったやり方だな……」
とヤマ二郎さん。
「こうしないと、普段のゲーム機と同じ感覚にならないんすよ。パッドは持ってくるの忘れてたんで」
「そういえば、左手付近のいわゆるWASDキーでも動かせるようにしといたぞ」
「おー、それは盲点っした。《エイコック》にも伝えとくっすね」
「あとはHJKL操作も」
「HがHidari(左)、JがJumpして降りる(下)、KがKetsu蹴り上げるぞコラァ!(上)、LがLeftの反対方向に動く(右)ってやつっすね」
ケラケラと笑うシュガトロ。
そしてしばらくシュガトロがテストプレイしてから、プログラマ村さんはUSBメモリを彼女に手渡した。
「おつかれさまです! たまわるっす! 次のタスクは、今現在エイコックが二人プレイ用のルーチンを書いていて、それができたらそのテストとバグ取り作業になるっす」
「了解した」
「はい、それじゃまたっす」
シュガトロは、忘れ物がないかな、といった感じで携帯端末のメモを見て、うむ、とうなずき、去った。
ヤマ二郎さんは、一連の少女の行動に、あぜんとしていた。
「……誰なんですか? お子さんですか?」
「違う」
「じゃあもしかしてエンコーとかそういう……」
「全然違う。というか見てたらだいたいわかるだろう。ゲームプロジェクトの参加者仲間だよ」
「へえ……すごいですね」
「ネットでは制作委員会とか名乗っているらしい。このパソコン自体はネットにつながってないから見られないけどな」
「無線LANは?」
「この近くにゲームのアップロードにつかえるところがない」
「それでシュガトロ――さっきの女子高生がわざわざ来てるんですね」
「そういうことだ。業務スーパーだかで飲み物を買う代金はエイコックが出してるらしいけどな」
「エイコックとは?」
「主催者のハンドルネームだ――正気でないと形容される野郎らしいが、このガーデンパレスの俺にいい暇つぶしを提供してくれているのは確かだな」
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