とあるデュイン史の1ページ

@Hourai02180

第1話 呼び出し

 長い廊下だ、と私は久しぶりの実家の廊下の長さに呆れかえる。

 仕事終わりにそのまま父に呼び出されたので2年ぶりに実家に帰ってみれば出迎えは伝言役の執事のみ。その伝言役の執事は、私に父の執務室に行くように伝えたのち私の上着のコートを預かるとそそくさと消え、無駄に広い玄関と無駄に長い廊下を歩いて今に至る。

 父の執務室は建物二階の一番奥にある。今の職について家を出てから手紙の一つも寄越さなかった無愛想な娘に今更何の用なのか。

さぞ普段以上に不機嫌そうな顔をしてるのだろうと想像しながら父の執務室の扉を私は開いた。


「来たか、ミラン。」


「はい、お父様。2年ぶりほどでございましょうか。」


「そうだな…手紙のひとつも寄越さなかったことに一言言いたいところだが、お前の仕事柄そうもいかんのは理解している。デュイン駐留軍特別哨戒課だったか…気にすることはない。」


 思ったより父の顔にも声にも不機嫌そうな様子はなかった。と言っても普通の人間が見たらさぞ不機嫌なのだろうが、我が家ではそれがデフォルトなのでそれが当たり前だと思っていた。

 だが今この場にいる父の顔は、どうやら機嫌がいいらしい顔をしている。挙句私が身内に一切話していない軍内での所属まで知っているらしい。普段見ない父の顔に私は薄ら寒い何かを感じてしまった。


「…本日はどのようなご用件でしょうか」


 そんな感情を今は押し殺して父に質問をする。


「あぁ、その前にまず昇進おめでとうと言わせてくれ。たしか中尉だったか…わずかな期間でここまで昇格できたものだ。優秀な娘を持てて、父として鼻が高い。流石我が娘、ヒファーネン宗家を継ぐ者だ。」


 父から出た言葉に私は驚きを隠しきれなかった。普段褒め言葉も、まして母の手料理から「うまい」の一言だって発さなかったら父から褒め言葉が出ようとは。

 しかし私が驚いたのはそこではなかった。


「宗家を継ぐ…?お父様、私の耳は些か遠くなってしまったようです…すぐにでも医者に診てもらおうと思います…」


「いいや、聞き間違いではない。お前がこの家を継ぐのだ。」


「何故ですか?!兄2人がいるじゃありませんか!」


「あれはダメだ…あのような勢いまかせの政治演説と、民族主義に染まり派手なテロリズムに走った愚か者にはな…」


 私には兄が2人いる。長兄ミステライレと次兄ラトライオレだ。長兄はマダリウ自決党という政治団体を、次兄はズィダラク解放戦線を立ち上げ両者も過激な行動を繰り返していた。長兄に至っては、本来当主のみが名乗ることを許される"アクドゥダス"まだ名乗り出す始末あった。

 仕事柄そういう情報は耳に入る。全く頭の痛いことだと常々思っていたが、どうやら父もそうだったらしい。哀れなことに兄2人は実の父に見捨てられたらしい。近いうちに一族からも追い出されることだろう。

 しかしそれでも納得はいかない。他にも私以外の候補はいる。先住民の末裔のくせに、連邦の手先と成り下がった私よりずっといい人間はいたはずである。


「納得いきません。他にも候補はいるはずです。例えば従兄弟のパトリシアとかいるじゃないですか。」


「あれはまだ10歳の子供だ。当主が務まるものか。」


「お父様があと10年当主を続ければいいだけのことではないですか!なぜ今すぐという話になるのですか!」


 私は抗議し続ける。確かにヒファーネンの一族で女当主がいなかったわけではないし、かつてのマダリウ帝国にも女帝は何人もいた。なんなら5代前の当主も女主人であることを考えれば確かに私がなっても違和感はない。

 もちろんあと5年でも時をおいてくれるならば当主となろう。だが今すぐというのは些か急が過ぎるのだ。

 そんなことを考え出したあたりで私の限界が来たらしい。いい加減、何事あったのかぶちまけることにした。


「お父様…何があったというのですか…手紙ひとつ寄越さない娘を急に呼び出し、知らせていなかった配属についても把握されている…今のお父様は何かそこはかとなく不気味に思えます。」


 父は顔を伏せ沈黙してしまった。その様子は笑っているようにも、ただ口を固くつぐんでしまったように見えた。


「…ミラン…兄2人のことは知っているな?」


 体感そこそこ長い時間が過ぎたあたりで、父が急に口を開いた。


「お兄様達のことですか?過激な行動をしているということは耳にしています。」


「では"アクドゥダス"の件も知っているな?」


 父は伏せていた顔を上げて私に再び問いかけた。その顔には汗が滲み、苦悩した表情があらわとなっていた。

 私はその問いかけに対してしばらくの間を開けてから「一応」とだけ答えた。

 父はその顔を頭を押さえながら話を続け出す。


「あの件は私もそれなりに頭を悩ませていたんだが、いよいよ分家連中もとやかく言い出してな…一族追放は確定したのだが、それはそれとしてあのまま行動を続けさせるのはいかがなものかという意見も多くてな…最初はここで幽閉させる程度を私は考えていたが、何せテロリストとそれを支援する政治団体だ。幽閉したところで活動は続く…つまりだな…その…」


 本当に今日は父の色々な一面が見れるものだと思った。こんなに表情をコロコロと、まるで蛍光灯のようにチカチカ変わる父は生まれてこの方初めて見た。死んだ母も見たことがないのではなかろうか。

 そんな父はあまりにもその続きを言いだからなかった。だが私にはわかる。馬鹿みたいに長い歴史を持つ家が常に手が真っ白なわけがないのだから…

 だから私はあえてその先を自ら言う。


「…お兄様達を始末すれば良いのですね?このままでは、我々ズィダラクの民の社会的地位そのものが危険にさらされかねないから。」


「…………そうだ…ちょうどいい役職についているのがお前しかいなかった…これは私がアクドゥダスをあえて名乗らなかった結果起こった事態でもある。だから私はこの始末を終えたら当主を退く。そしてお前が後を継ぐ…愚か者の当主の尻拭いとして、な。」


 わかりきったことだ。要は馬鹿2人がやらかしたことと、助長させた原因を取り払った後、その後始末を誰がするのかと言う話だった。

 誰も望んで面倒ごとを起こしたくない。下手をすれば政府から叩きものにされて、民衆の非難の的にされかねない地位を誰も受け取りたくなかった。ただそれだけだったのだ。

もはやここまでくるとスカッとして、諦めもつく。


「わかりました。お父様。その役目立派に果たしてみせます。」


「面倒をかける…今までろくに父親らしいことができなかった…隠居した後は出来る限りお前の助けとなろう。」


 相当詰め寄られたのだろうと言うことは容易に想像がついた。しかしあの父をここまで丸くするとは、我が一族のことながら恐ろしいものだと思った。

 私は話はそれだけかどうか確認した後部屋を出ようと歩き出す。すると、父が突然呼び止めた。


「ミラン!…お前は…いいのか?嫌ならそう言ってくれ…代わりぐらい用意できる…」


 私は父に背を向けたまま質問に答えた。


「私はいいんです…仕事と考えれば辛くありません。でもお父さ…パパこそ本当にいいの…?」


 体感1時間程度もしていない間で、私は父の知らない側面を僅かながら、しかし多く見てしまった。以外にもその人はその中身がとても柔らかく何より優しい人なのであるということを。

そんな父は再び間を置いて、


「…構わない…私のエゴが起こしたことだ…またエゴで民族を貶めるようなことは避けねばならない…」


と答えた。


 その言葉を聞いたあと、私は部屋を出て再びその長々とした廊下を歩き、見送りに出てきた執事からコートを受け取ると、そのあと送りの車を出してくれた。

 使用人の運転する車の中で最後顔も何も見えなかった父を想像した。

少なくとも、最後の一言が辛そうに震えているように感じたのはおそらく気のせいでなかったのだろう。


 翌日、どういう手を使ったのか知らないが兄2人の暗殺命令が私の手元にやってくるのであった。

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