第26話

「ペルクーリ・・・、王太子はティフマターロ家の王族と共に東に向かって行きました。食料も薬もほとんど持ち去って。」


城の門番さんはペルクーリを「王太子」って呼ぶのも忌々いまいましそうだ。ギリギリと歯を食い縛って絞り出すように言った。ちなみに彼はエティ・ケティって名前だ。残った都の警備兵たちの中で一番年齢も階級も上だったから成り行きで警備隊長にされちゃったんだって。


「エティ隊長、まずは警備隊から都の外に集まっている民衆に伝えて欲しい。食事は順次配給するから落ち着いて指示に従う事。野営用の天幕を豊富に用意してあるからこごえたり雨の心配をしなくて良いこと。病人や怪我人は申し出れば医者に診せる用意があること。」


リーネオさんはてきぱきと指示を出す。エティさんも指示を丁寧に聞いて、部下の兵隊さんにメモを取らせてる。


「その指示が全て行き渡ってから、我らイコォーマの軍勢が来ることを伝えてくれ。我らの目的はペルクーリを始めとした、ティフマターロ王家の圧政からゴルジョケアの民衆を開放することだとな。」


なるほど、食べる物も無くて雨風もしのげない人たちを安心させてから軍隊を連れて来るんだね。そうすれば余計な混乱は起こらない。お医者さんも来るって予め判ってたら、あと少しくらいは我慢出来るし。


「さて、都の中にまで突然、我らイコォーマの兵が入り込んでは要らぬ混乱が起きるな。ここはリン、其方そなたに頼むとするか。」


「え、私ですか?」


きょとんとして答える私にリーネオさんはニッコリ微笑んで頷く。まあ、都の中は良く知ってるもんね。大丈夫かな。


「それでは例の雑貨屋に向かうとするか。エティ隊長、案内を頼めるか?」


「はは! 喜んで。おい、そこの四名付いてこい。残りは都の外に集まる難民たちに先程のリーネオ王太子のお言葉を周知徹底せよ。急げ!」


エティさんもてきぱきと指示を出してくれる。どうも成り行きだけで警備隊長になった訳じゃないようだね。部下の兵隊さんたちもしたってるみたいだ。私達が来るまで暴動が起きなかったのは、この人の力も大きかったみたい。


「おお! 【戦巫女いくさみこ】リン様、戻って来られたのですか!」


「何故、突然この国を出ていかれたのですか? ペルクーリの圧政の中、リン様だけが我らの救いだったのに・・・。」


「敵国、イコォーマに寝返ったと言うのは本当なのですか? どうか、我ら民衆には酷い仕打ちをしないで下さい。」


あの魔導具の水筒を売ってくれた雑貨屋に向かう途中、都の市民たちが口々に声を掛けて来る。


「大丈夫ですよ。私は皆さんを助けるために帰って来ました。ひどいことなんて絶対させません。どうか安心して下さいね。」


私は声を掛けられる度に丁寧に目を見ながら答えた。都には見知った人が多い。皆、気持ちが通じたのか落ち着いてくれた。判って貰えて良かったよ。


「リン様、お願いです。どうか、この子をお助け下さい。」


若いお母さんが赤ちゃんを連れて来た。赤ちゃんは赤い顔をして凄く苦しそうだ。


すいちゃん、お願いね。」


「きゅう!」


霊熊猫フゥカルキィサ」のすいちゃんは、いやしの魔法が得意なんだ。私が抱き上げて赤ちゃんの顔を見せてあげたら、可愛く鳴いて魔法を掛けてくれる。赤ちゃんの体が淡い緑色の光に包まれると顔色が見る見る良くなっていく。直ぐに穏やかな寝息を立てて眠り始めたよ。


「本当だ。【戦巫女いくさみこ】リン様は霊獣を使役して奇跡を起こしたぞ。噂は本当だったんだ!」


すいちゃんが赤ちゃんをいやすところを見ていた周りの人たちが嬉しそうに叫んだ。その後からは、どんどん病人や怪我人を連れた人たちがやってきて中々前に進めなくなっちゃった。けれど、先を急ぐからって邪険に出来ない。私は出来るだけ翠ちゃんに頑張って貰って人々を治しながら進んだ。


「ああ、リン様。ようこそ来られました。さあ中へどうぞ。」


雑貨屋に着くと女店主さんが店の奥に案内してくれる。もうすいちゃんは腹ペコみたい。お腹がくーくー言ってる。女店主さんがリンゴを丸ごとあげると両手で持ってムシャムシャ食べ始めたよ。他の四匹の霊熊猫フゥカルキィサたちも彼女をいたわるように「きゅーきゅー」って鳴きながら集まって来た。


「頑張ったね。有り難う、すいちゃん。」


私はすいちゃんの頭を優しくでると、店の奥へと進む。


「お陰様かげさまで都の民も大分と落ち着きを取り戻したようです。流石さすがはリン様です。心より感謝致します。」


なんか都を出る時と全然違う態度だ。やっぱり、あの時は私に親切にしてペルクーリにバレると酷い目にわされるから、あんな態度だったんだね。


「いいえ、私の方こそ感謝しています。店主さんやエティさんに頂いた水筒も短剣ダガーも今は私の宝物ですよ。出かける時はいつもこうして身に着けてるんですから。」


私はマントをまくって腰のベルトに付けた魔道具の水筒と短剣を二人に見せた。


勿体もったいないお言葉です。あの時は、あのような無礼な態度を・・・。お許し下さい。」


雑貨屋の女店主さんはソウラって名前だそうだ。彼女は床にひざまづいて頭を下げる。


「もうひざなんかつかないで下さい。あの時は知らないとは言え、私の方がお世話になってたんですから。気にしないで下さいね。」


私はあわてて、そう言うとソウラさんに立って貰った。


「店主、頼みがある。イコォーマの食料や薬などの物資をこの店に回す。それを出来るだけ安値で放出して欲しい。それと都中の他の店にも物資を渡したいのだが、その手回しと取り仕切りも頼む。」


リーネオさんがソウラさんに頼みごとをする。でも、どうしてお金を取るんだろ。都の外の難民向けの食堂みたいに無料で配った方が良くないかな?


「都の中でもお金を取らないで食料や薬を配った方が皆、助かるんじゃないですか? どうしてお金を取るんです?」


「それをすると難民にとって都の外より中の方が快適になってしまう。中に入れぬ難民たちに不満がつのるだろう。逆に中で食料や薬が有料なら体力に自信のある若い者は都の外に出る。」


リーネオさんは続ける。


「そうやって若い難民が外に出た分、外から老人や幼子おさなご、妊婦や重い病人を受け容れてやるのだ。それに商人たちもある程度の利が無くては動かぬ。その辺りのさじ加減は本人たちに任せれば良い。無論、暴利をむさぼる商人は取り締まるがな。」


そうか、そうすれば弱い人たちがより快適な都の中に入り易くなるね。流石はリーネオさん、考えてるよ。


「今は下手に動くより、都と付近の村々の民衆の心を安定させるべきだ。明日にはプロージアやブリストルの部隊も到着する。今日はこの店に泊めて貰うとするか。」


こうして、その晩は雑貨屋に泊めて貰うことになった。時折り、病人を連れた人が訪ねて来る度にすいちゃんにお世話になった。この夜、彼女は大きなリンゴを三個も食べるくらい頑張ってくれた・・・。

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