第21話

「まさか、あの突きをかわすとは・・・。の負けだ、殺せ。それでプロージアは貴様の物だ。それとヴァイムもだ。あれほどの【戦巫女いくさみこ】はそうは居ない。イコォーマとて欲しかろう。」


マヴィン王の言葉を聞いて、私はぎょっとした。まさか、また【上位互換】とか言われたらどうしよう。リーネオさんはそんな人じゃないよね。けれど一度経験した暗い過去が私をどんどん不安にして行く・・・。


「ふむ。確かにヴァイム殿の【戦巫女いくさみこ】としての才覚は素晴らしい。だが俺は野暮やぼな男ではないのでな。好きうておるマヴィン候とヴァイム殿の仲を引き裂いたりすれば、が友マントゥーリに蹴られてしまうわ! はっはっはっ!」


大笑いしたリーネオさんは一呼吸ひといき置いた。


「俺の【戦巫女いくさみこ】は何があってもこの世に一人だけ。ここにるリンのみよ。このおもいは誰にも変えることは出来ぬ。いや、変えさせん!」


大きく誓う様にこう言うとリーネオさんはゆっくりと私の方を振り返った。彼は優しく暖かく微笑んでる。見た瞬間、私の不安は吹き飛んだ。暗く沈んでいた心がどんどん明るく晴れ渡っていく・・・。


「イコォーマの出す条件は一つのみ。プロージアとの同盟だ。返答は如何いかに?」


「・・・。判った、その同盟の申し入れを受けれよう。」


またマヴィン王の方を向いたリーネオさんが宣言する。マヴィン王は受け容れるしかないよね。観客たちがちょっとざわざわしてるけど、審判さんが決闘の終了を告げると皆、帰り始めた。これでプロージアとのいくさは終わりだね。



「実はプロージアにはいくさをせねばならぬ事情があったのだ。あの国はこの二年、小麦の凶作が続いていてな。民も困窮し始めていた。」


イコォーマの港に帰る軍船の中でリーネオさんがプロージアの事情を教えてくれた。


「マヴィン王はまつりごとにも明るい。懸命けんめいに国を立て直そうと様々さまざまな手を打ったが、その邪魔をする国があったのだ。」


「ゴルジョケアですね。」


「その通りだ。敵対するブリストルと同盟にあるプロージアを窮地きゅうちおとしいれるためにありとあらゆる卑怯ひきょうな手を使ったそうだ。密偵に麦畑を焼かせたり、周辺の国の麦を買い占めたり・・・。ペルクーリの奴は賢くはないが、陰湿な嫌がらせの才覚だけはあるようだな。」


私もペルクーリ王太子の陰険なところは良く知ってる。人の嫌がることを思いつくのだけは天才的だったからね、あの人。きっとウキウキしながら次々とプロージアを苦しめたんだろうな・・・。


「とうとう財政も立ち行かなくなることも見えて来たマヴィン王はけに出た。ソウルジェキを制して一気に財政を立て直す。その為には我がイコォーマを先に倒さなければならなかった。何故だか判るな?」


「ソウルジェキを戦場にしちゃうと交易に必要な港や倉庫とか設備に被害が出るからですか?」


「そうだ。軍事的に周辺国を守る役割をになっていた我がイコォーマを倒せば、ソウルジェキは無血で制圧出来ると考えたのだろう。」


けれど、イコォーマの水軍って凄く強いはず・・・。簡単に勝てるはずないのに、どうして急に戦の準備始めたんだろう? あ、そう言えば!


「今度の戦が始まるちょっと前にゴルジョケアから使者が来たって聞いてますけど、あれって?」


「うむ。俺は『もう一つ面白いことが起こる』と言っただろう。なんとゴルジョケアのペルクーリは恥知らずにも其方そなたを返せと言って来たのだ。言うに事欠いて我らイコォーマが無理やりさらって行ったとまで抜かしおったわ。ははは!」


いきなり【戦巫女いくさみこ】をクビにして追い出した挙句あげく、私を殺そうとまでしておいて何て言い草だよ! しかも助けてくれたリーネオさんたちを悪者呼ばわりだなんて本当に許せない! あの陰険チビデブペルクーリ王太子めぇ・・・。


「でも、なぜ急に私を返せって言って来たんですか? あんなに要らないって言ってたのに。」


「その理由はイコォーマに帰ったら教えてやる。その方が説明しやすいからな。当然、我がイーサ王は断った。訳の分からない言い掛かりを付けるな!と使者を追い返したわ。しかし奴等やつらもただでは転ばぬ。リンがまだ【戦巫女いくさみこ】に任じられていない事には気付いたのだ。」


私の質問にリーネオさんが答えてくれた。でもどうして判ったんだろう・・・。私がそのことを聞く前に、彼は言葉を続けた。


「そこで、また色々と在ること無いことを言い触らしたのだ。『イコォーマにはまだ【戦巫女いくさみこ】が居ない。』とか『リンと言う【戦巫女いくさみこ】は使えないポンコツだから国を追われた。』、『もう直ぐイコォーマに【戦巫女いくさみこ】が現れるだろう。』などとな。」


私のこと「返せ」って言ったり「ポンコツだから追い出した」って言ったり、人の事なんだと思ってるんだろう。本当腹立つ~! あれ?でも、どうして【戦巫女いくさみこ】が現れるって情報も流したんだろう?


「そうか。【戦巫女いくさみこ】が居ないうちに戦を起こせば勝てるってマヴィン王に思わせたかったんだ。麦の刈り取りが終わる前にいくさを始めたら当然収穫は減っちゃうのに、プロージアがいくさを急いだのはそのせいなんですね。」


「その通りだ。そしてあわよくばプロージアと我がイコォーマが刺し違えることを望んだのだろう。そうすればゴルジョケアがミスピエル湖周辺の地域を支配し易くなるからな。」


次にリーネオさんは自分の心に刻み付けるように続けた。


「周りの小国にはなんだかんだと因縁をつけてはいくさを仕掛ける。力がある国が脅威になると見ると卑劣な手で苦しめ、戦を始めなければならないように追い込む。真の悪はゴルジョケアだ。あの国を打倒うちたおさんことには世に平和は来ない。」


「だから決闘の申し出を受けたんですね。プロージアにもイコォーマにもこれ以上被害が出ない様に・・・。そして同盟を申し込んだのもゴルジョケアに対抗して力を合わせる為なんだ。」


「うむ。今回のいくさが始まったときに其方そなたが【戦巫女いくさみこ】であったなら双方の被害をもっと抑える自信はあったのだがな。だがゴルジョケアの思惑通りには行かせなかったぞ。恥知らずのペルクーリめ、身の程知らずを必ず思い知らせてやるからな・・・。」


リーネオさんの言葉はとても静かに、そして重々しく聞こえる。彼の強い意志が犇々ひしひしと伝わってきたよ。

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