第22話

「リン、これを見よ。」


イコォーマの港から王宮に向かう途中、リーネオさんは小麦のを私に見せた。荷車で通りがかった農家の人から分けて貰ったものだ。


「あれ、この小麦のって上から三分の一くらい何も付いていないですよ?」


「そうだ。小麦の穂の約三割は風に吹かれて飛んで行ってしまうのだ。だが、これは長い間、品種改良を続けて来たイコォーマでの話だ。他の国なら半分残れば良い方だろう。」


あ、これ、テレビの特集番組でやってたな。司会の人がイケメン俳優さんだったから、ついつい見ちゃったんだよね。確か昔の小麦は風ですぐに飛び散っちゃったから収穫が大変だったって。


「あれ? でもゴルジョケアでも麦の取り入れって見たことあるけど全然飛び散ったりしなかったですよ?」


「ふむ。困ったものだな。リンよ、自分の持っている力を忘れたのか?」


「そうか! 私、【豊穣】のスキル持ってました。それで飛び散らなかったんだ。」


思い出した。私がゴルジョケアに召喚されてから二回、小麦の取り入れがあったけど両方とも大豊作だって言ってたな。てっきり単純に収穫量が増えるんだとか思ってたよ。


「俺が集めた情報だと、今回のゴルジョケアの小麦は収穫出来たのが平均三割だそうだ。元々、品種改良に熱心では無かった国だが余りにもひどい結果だ。」


「あ、だからあわてて私を返せって言って来たのですね。」


「そうだ。そして断られたが、我がイコォーマの小麦の収穫量も知ることことが出来た。」


「なるほど、少しでも穂が飛び散っているのを見たら私がまだ【戦巫女いくさみこ】じゃないことも判りますもんね。」


自分の国が凶作になったから、プロージアとイコォーマがつぶし合うようにうそも本当もぜこぜの情報を流したんだな。でも、何かおかしいな。ペルクーリ王太子って陰険だけど、こんなに頭良かったかなあ?


「ペルクーリの恥知らずもまさか自分で【戦巫女いくさみこ】リンを追い出して、ましてやき者にしようとしたとは国民には言えぬ。なので、其方そなたは勝手に国を出て行ったことになっている。」


リーネオさんは呆れたように息をくと続ける。


「そして国境を越えた其方そなたを保護して連れ戻すために小隊を差し向けたが、我らがイコォーマが小隊を襲い、リンをさらって行ったと主張しているそうだ。」


えー! 言ってることが本当のことと、全然あべこべだよ? 差し向けた「小隊」って、あの刺客たちのことだよね。リーネオさんが呆れる訳だ。


「ゴルジョケアの国土は我がイコォーマの15倍以上だ。細かい事情を知らぬ者が聞けばゴルジョケアのような大国の言い分の方が正しいと信じることも多いだろう。人とはそういうものだ。」


「でも恥ずかしくないのかな、あの人。私だったら絶対にそんな図々ずうずうしいうそつけませんよ。」


「権力にしがみ付く者はな、恥ずかしいと思う心を持たぬのよ。悲しいことだな。」


そしてリーネオさんは黙ってしまった。少し気不味きまずいな・・・。彼と私を乗せたマントゥーリ君はゆっくりと王宮に向かって行った。



「おかえりなさいませ! リーネオ様、リン様、此度こたびの決闘の勝利おめでとうございます。そしてご無事で何よりでした。」


「フフフ、アロカスよ。其方そなたの証言あってこその勝利よ。良くぞ話してくれた。」


王宮に着いたら出迎えの兵隊さんがやって来た。ん?良く見たらいくさの最初の日に私が声を掛けた若い人だよ。


「このアロカス、【戦巫女いくさみこ】リン様のご祝福のおかげで今こうして生かされております。幾ら感謝してもし足りませぬ。」


ん? んん? なんでお礼言われるのか、全然判りませんけど? 私はリーネオさんの顔を見る。どうしてこうなってるの?


「何を丸い目をしておる。覚えておらんか? 軍議の席で『火矢が部下をけて行った』のは其方そなたのお陰だと言う指揮官がおったろう。その『部下』と言うのが、このアロカスよ。」


「え? ああ、確かに初めてのいくさだって言っていたから声を掛けてはげましたけど・・・。もしかして、それが『祝福』ですか? あの時、まだ【戦巫女いくさみこ】じゃなかった私にそんな力あるわけが・・・。」


「それではもう一つ聞くか。リン、其方そなたがゴルジョケアを追われたとき、ひそかに助けてくれた門番や雑貨屋の女店主が居ただろう。何故、あそこまでして助けてくたのだと思う?」


「もしかして、私の『祝福』のお陰ですか?」


「そうだ。俺が調べさせた情報だと【戦巫女いくさみこ】リンに声を掛けられると戦死しないと周囲に話す者が多く居たそうだ。その中にはあの門番の弟や女店主の息子も含まれている。そもそも俺が其方そなたに興味を持ったのもそこからだったのだ。」


「確かにゴルジョケアの護衛の兵隊さんたちとは沢山たくさんお話した覚えがありますけど・・・。」


どうも私には【戦巫女いくさみこ】【豊穣】【翻訳:伝意】以外にも特殊な力があるみたい。女神ユマさんに聞いてみようかな? でも向こうでは、最後に通信してからまだ3分も経ってないはず。忙しいのにあまり直ぐに「SNS」するのも申し訳ないしな。


「そしてアロカスに詳しく話をいて確信した。其方と心を通わせた者には何らかの『祝福』があるとな。そもそも【豊穣】自体が非常に珍しいスキルだ。持って生まれて来る娘は少ない。この世に片手で数えるほどしかいないから、判っていないことも多いのだ。」


「ああー! だから、決闘の前に私にあんなこと言わせたんですね? でも『祝福』が無かったらどうする気だったんですか、最後はギリギリでしたよ!」


「ほう? 其方そなた、『私の加護も信じて下さいね。』と申しておったではないか? 俺はそれを信じたから勝てたのだぞ、それともあの言葉はうそだったのか?」


リーネオさんは揶揄からかうような表情で私を見つめる。ひどい。あんなに心配したのに・・・。


「プロージアがいくさすることになった事情とか『祝福』のこととか、どうして先に教えてくれなかったんですか? あとマヴィン王とヴァイムさんが相思相愛そうしそうあいだとか、政略結婚だったんですよね?」


「うむ・・・。其方そなたは自分で思っておるよりもずっと心根こころねの優しい娘だ。いくさの前に色々なことを知ってしまうと悩んだり不安になると思ってな。許せ。」


私が責める感じでリーネオさんに言うと、彼はちょっと困ったような表情で答えた。そして言い訳するように続ける。


「それとあの二人が政略結婚と言うのは本当だ。歳は十歳も離れているが、マヴィン候はヴァイム殿をとても大切に扱ったのだ。彼女もマヴィン候の誠実さにかれてしたう様になったそうだ。そのうち『鴛鴦おしどり夫婦』として有名になるだろう。」


そうなんだ。ちょっと安心した。


この後、リーネオさんと一緒にイーサ王様とアイティ王妃様に戦の勝利を報告した。戦の勝利もだけど、二人とも私とリーネオさんが無事だったことをとても喜んでくれた。


そして休む間もなく、ゴルジョケアとのいくさの軍議が始まった。

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