第20話

「それじゃ、お姉ちゃん行ってくるね。ティタルちゃんのことをよろしくお願いしますね、ベルファさん。」


「りんおねいちゃん、がんばって! てぃたる、おうえんしてるよ。」


「この子の事はお任せ下さい、お義姉ねえ様。兄をお願いしますね。」


私はティタルちゃんをリーネオさんの妹、ベルファさんに預けて出港する。昨日の真夜中に私の【戦巫女いくさみこ】の任命式は終わった。これでティタルちゃんは15歳になるまで再び【戦巫女いくさみこ】にされることは無い。


これで良いんだよね。ティタルちゃんが、また【戦巫女いくさみこ】になるかどうかは、もっと大きくなって自分のことを本人が決められるようになってから考えれば良いんだよ。さあ今度は私が頑張がんばる番だ、伊達に経験者ベテランじゃないところを見せるぞ!


「さて生憎あいにくの雨だが。今日は俺の【戦巫女いくさみこ】リンの晴れ舞台だ。気合を入れてくか!」


リーネオさんはすごいい気迫をまとっている。例の様に一緒に乗って来たマントゥーリ君も同じように首を振ってブルブルとやる気満々だ。でも今日って水の上に闘技場を作って人間同士で戦うはず。まあ良いか。マントゥーリ君も応援したいんだろうね。


「おお、見えて来たな。ストルバクの連中も随分ずいぶん酔狂すいきょうなものだ。一晩で、あのような大きな決闘場を用意しおった。余程、賭け金が積み上がってるようだな。ははは!」


余裕綽々よゆうしゃくしゃくだよ、リーネオさん。自分の命とイコォーマの国民の行方ゆくえが掛かってるなんて全く気にしていないみたいだ。軍船の進む先にいかだみたいなのを一杯つなぎ合わせて作った決闘場が見えて来た。


50m四方くらいかな。真ん中に直径15m位の土俵どひょうみたいなのがある。空いた場所には観客まで居るね。皆、座敷の上に大きな傘をさしてお酒とか飲んでる。本当にストルバクって国、娯楽に対する情熱が半端じゃないよ。


「待たせたな。それでは早速始めるとするか、マヴィン候よ。アピナ、俺のスピアを!」


「は! リーネオ様、これに。」


私もリーネオさんと一緒にマントゥーリ君に乗って決闘場に飛び移った。彼だけが降りて行ってディーナーさんから槍を受け取る。私はマントゥーリ君の背中に残ったままだ。気が付くと何時の間にか、クアーエさんがそばに姿を現してた。そうか護衛してくれるんだね。


「うむ。是非ぜひいわ。始めるか、イコォーマの王太子リーネオよ。この決闘よくぞ受けてくれた。礼を言う。」


相手のマヴィンって王様も強そうだ。背は180cm位かな。リーネオさんより少し低いけど体中引き締まってて動きは素早そう。従者さんから受け取った槍はリーネオさんの槍より短いけど小回りが利きそうなのだ。軽く素振りしてるけど風切り音がここまで聞こえて来ちゃう。


貴方あなた、お気を付けて。私も全てを尽くして加護いたします。」


プロージアの【戦巫女いくさみこ】ヴァイムさんがマヴィン王にささげる様に言ってる。長い艶々つやつやの黒髪、少し幼い感じだけど目鼻立ちがハッキリした美人だよ。145cmあるかなって位の背丈だけど、この世界じゃ普通位なんだよね。眉尻がキリッと引き上がってて固い決意をしてることが伝わって来る。


貴方あなた、信じてますよ。だから私の加護も信じて下さいね。」


リーネオさんが目でうったえて来るので私も応援の言葉を贈った。頬が少し赤らむのが自分でも判る。それを見た彼はニコリと微笑ほほえんで手を挙げた。


「双方、条件のご確認は良いか? この決闘にて戦の勝敗を決するものとする。敗北した国は、勝利した国の出す条件を全てむこと。 それでは、始め!」


小雨こさめが降る中、ストルバクが出した審判さんが決闘の始まりを告げる。ルールは丸い土俵から出ると負け、参ったしても負け、もちろん死んじゃっても負け・・・。本当のデスマッチだよ。どうかリーネオさん、死なないで!


「行くぞ! それえぃっ!」


先手はマヴィン王だ。自分の槍が届く間合いに入った途端、素早く槍を三回いて来たよ。き方を三回とも変えてる。速く突いたり、少し遅くしたり。長く突いたり、短く突いたり。あれ? 私なんでそんなの見えるんだろ? そうか【戦巫女いくさみこ】に戻って色んなパラメータが上がったからだ! こんなに見えてたんだ、私・・・。


「ふむ! 流石さすがに鋭い、だが!」


リーネオさんは自分の槍を上手に使って、流れるような動作でマヴィン王の槍を全部はじいた。そのまま大きな槍を突き返す。でも何故か動作はゆっくりだ。どうしてだろ? 彼ならもっともっと速く突けるのに。リーネオさんが槍を戻す間に、またマヴィン王が素早く突いて来るよ。


「さあ、これならどうだ!」


リーネオさんはまた流れるような動作でマヴィン王の連続の突きを皆はじく。そのまま、またゆっくりと突き返す。と思ったら急にすごくく速く槍を突き出した。突然速くなった槍の穂先ほさきかわすためにマヴィン王が素早く後ろに下がった。すると彼が下がった分、リーネオさんが一歩進む。


「それでは、今度はこちらからくぞ!」


リーネオさんはそう言った途端、素早く前に二歩進んで槍を突く素振りを見せた。マヴィン王が彼の突きをかわそうと身構えた瞬間。リーネオさんは槍を突く動作をめて、もう一歩前に出たよ。そのまま短く鋭く槍を突き出す。マヴィン王は間一髪、リーネオさんの槍をかわすと間合いの外まで一気に飛び退いた。


「おのれ、 遊んでいるつもりか。昨日は手心を加えておったと言うのか!」


マヴィン王の表情には余裕が無い。額にもうっすらと汗が浮いてる。リーネオさんはまた、一歩前に出た。後ろから表情は見えないけど、動きで余裕があるのが判る。ふと気付くと向こうの【戦巫女いくさみこ】ヴァイムって人も唇をみながら私をにらんでた。美人だから余計に怖く感じる。なんで私をにらむの?


そうか! 昨日は【戦巫女いくさみこ】に成りたてのティタルちゃんが相手だったから互角だったけど、今日は戦の経験が三回も多い私が相手だからだ。【戦巫女いくさみこ】としての加護の差が出てるんだ。それを向こうは手加減てかげんして遊んでたって思ってるんだね。


「俺もリンも手加減などして居らぬ。双方に犠牲も出ているのだ。そんなことをしてもえきが無い。」


「その通りです、貴方あなた!」


私はリーネオさんの言葉に答えた。でも【戦巫女いくさみこ】ヴァイムさんの目を見つめながらだよ。こっちだって昨日から私が【戦巫女いくさみこ】が出来たらやってた。意味もなく手加減したりしたら戦が長引いて余計に被害が拡がるだけなのは私にも判るもん。


「ならば、こちらも最後の力を使わせて貰う。舞え、ヴァイムよ!」


かしこまりました、貴方!」


闘技場も船ほどじゃないけどれる。しかも小雨こさめで足元が悪いのにヴァイムさんは扇子せんすを手に【紅蓮ぐれんの舞】を始めた。最初からやらなかったのはすべって転んだり、昨日みたいに不意に雷が落ちることを恐れてたからだろうね。良く見ると扇子を持つ手が少し震えてる。でも必死なのが伝わってくる舞だ。


「ゆくぞ、リーネオ! 我がプロージアは負けるわけには行かぬのだ!」


マヴィン王が槍を構え直して突いて来た。さっきとは表情が違う、自信に満ちてる。回避が上がって防御に気を使わないで良いから攻撃の踏み込みが大きくなったみたい。リーネオさんは動きが遅くなっちゃったせいで攻撃を受けきれてはいるけど反撃は出来ない。防戦一方だ。【紅蓮ぐれんの舞】ってやっぱり強力過ぎるよぅ。


「むう、やはり強いな。マヴィン候、そして【戦巫女いくさみこ】ヴァイム殿。だが、これで面白くなって来たな。」


「抜かせ、我慢がまんをするな!」


リーネオさんが軽口を言うとマヴィン王が大きく叫びながら凄い勢いで槍を突き出した。リーネオさんは、その突きを受けずにギリギリのところでかわした。マヴィン王が槍を戻すすきねらって反撃する気だ。一歩踏み込む。


けれどマヴィン王が一度引き戻した槍を突き出す方が速いよ。やり穂先ほさきがリーネオさんの顔目掛めがけて突き進む。もうだめだ! そう思った瞬間、ほんの少しだけど槍の穂先が止まったような気がした。リーネオさんはギリギリで、それをかわしながらマヴィン王のふところに飛び込むと大きな槍を横にはらう。


「うぐぁっ!」


低いうめき声を出したマヴィン王は3mくらい吹っ飛んで仰向けに倒れちゃった。そこにリーネオさんが駆け寄って槍の穂先を彼の胸に突き付けた。


「勝負あり! この決闘はイコォーマの勝ちとする!」


審判さんが大きな声で宣言した。やった、リーネオさんが勝ったよ! 本当に無事で良かった。

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