それぞれの内幕、其の一

 会談を済ませ、そのままバスに留まった一同は車内に閉じこもった。


 話す内容を外部に漏らしたくないのと、蚊の動きが活発になったからである。


 滝川以下医療スタッフ7名、司他3名が献血ルームに入ると満員電車と比べるまでもないにせよ狭く感じる。


 皆の顔に不安が浮かぶ中、滝川氏が口を開いた。


「さて、皆さん大変な事になってしまいましたが揺り戻しがあるかもしれません、落ち着いて行動しましょう」


 災害発生時を思わせる口ぶりに思わず失笑が漏れる。


 通常の落雷すらちょっとした災害なのだが。


「とはいえ出歩くと揺り戻しが起こった際に置いてかれるかもしれません。


 話し合いが終わり次第──女性陣の入浴時を除いて──入口を解放しますが、基本的には外に出ないようにしましょう」


「先生、中に居た方が涼しいですよ」


 女性の看護師が声を上げた。


「それはまあそうだけど……大野君、燃料は朝入れたから大丈夫だよね?」


「はい、軽油もガソリンも満タンです」


 疑問が浮かんだ司は大野氏に声を掛けた。


「? バスはディーゼルじゃないんですか?」


「バスを動かすエンジンはディーゼルですが発電機はガソリンです。


 ここ最近は軽油一本に絞ったのも出てきてるんですけどね」


「ああ……成程、判りました。


 現場では基本的に軽油なので少し気になりまして」


「……現場というとご職業は?」


「土建監督やってます、三上と言います、はい」


「ははあ、やっぱり……大野と言います」


 やり取りしていると大野の近くに居たスタッフが突然、


「いやー本当に明治三年かどうか怪しい物だね」


 と言い出した。


 小柄でやや色黒で、男にしては甲高い声で続ける。


 一番端に居たスタッフに話しかけているようだ。


「ここが寛永寺で明治三年だとすると建物や外壁が丸々残っているのはおかしい。 何せ上野戦争でここら辺全部焼け野原になったんだもの」


「そうなんですか? 蒔田さん教員免許持ってましたね。 確か社会でしたっけ、それで」


「そう!」


 隅に居たスタッフに蒔田さんと呼ばれた男は力強く頷き、それを聞いた皆は黙り込んだ。


「蒔田君、するとここは私達の元いた世界の過去ではないと?」


「断言出来かねますが、元号と状況が一致しないのでその可能性は高いですね」


 蒔田氏は滝川氏の問いにそう答えて更に続けた。


「伏見満宮と名乗った若い人が居ましたが、予想が正しければ彼は日本赤十字社の初代総裁の小松宮彰仁親王の弟で、明治天皇の叔父にあたる人物でもあります。


 元号が本当に明治三年だとすると本来ならば京都の実家に謹慎中で、貫主──住職に相当する呼称ですが──それを勤めていた寛永寺に居るはずはないのですが……」


 どよめきが上がった。


 女性陣の反応の方が大きく、かつ好意的だったがそれも宜なるかな。


 若く、顔立ち、立ち振舞共に優美だったので魅せられたのだろう。


「凄い!サラブレッドじゃない!」


 女性陣から声が上がったが、蒔田氏の謹慎中という発言は聞こえなかったのだろうか?


 滝川氏がそれを抑えた。


「まあまあ落ち着いて、まだ確定した訳じゃないんだから」


「夢くらい見せてくれたって良いじゃーん」


「そうよ~」


(やんごとなき身分の方々がぽっと出の人と結婚するわけ無いだろ……)


 抗議を半ば聞き流しながら司は呆然としていた。

 内心直答許されたけどあのやり取りで良かったのだろうか、と事前に警告されたにもかかわらず今更ながらゾッとしている。


 軽井沢のテニスコートを利用出来る身分ならいざ知らず、片方の身内に爆弾を抱えたカップルが全員の脳裡に過ぎったが、周囲に実害を与えなければ自由だ、とばかりに流していた。


「妙だと思ったわよ。 使い終わった紙コップをこちらに捨てて下さいってごみ箱を差し示したのにあの若い人だけ捨てずに持ち帰ったんだもの」


 使った物が有名人の色紙と似たような扱いをされるからでしょうね、とサラブレッド云々と言っていたショートカットの女性は笑っていた。


 が、今は帰還出来るかが問題である。


「場所か人の縁かはわからないが、この世界に引き寄せられたという可能性は無いのか?」


 灰色のキャップをしていた男が──今は外しているが──ぼやく。


「その可能性はあるよな……」


 騒いでいたクレーマー男が引き継ぐように言った。


 外でのやり取りも併せて考えると友人同士なのかもしれない。


「まあ比較出来る物が無いし考えた所で始まらない。


 スマホ使えねーし風呂入って寝ようぜ」


 未だ七時前だけど、とクレーマー男が続けた所でドアを叩く音と共に栄助の声がした。


「皆様、お風呂の用意が整いました、扉を開けて下さい」


 顔を出すと外は邦仙の指揮の元、ゴザや屏風に蚊帳、燭台や篝火等を持った僧侶達でごった返している。


「いつ帰られるとも知れぬのに湯屋に行く訳にも参りませんからな」


 視線に気付いた邦仙が声を掛けてきた。


 邦仙の言う通りで、男女でバスの外と中に分かれて清拭を行い、やや遅めの夕飯は握り飯と沢庵で済ませた。


 食後、ピンク色の歯磨き粉を房楊枝に振りかけながら司は今日一日の事を思い返していた。


 どうしてこうなったのか、考えても答えは出ない。


 夢だったら良かったのにと思いながらバスに籠もると、採血ベッドに横になった。





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