それぞれの内幕、其の二
バスから離れ、堂内に籠もった僧侶達は今後の事を話し始めた。
突然現れた彼等には保護と言ったものの、明治以降の寛永寺に金も権力も以前程ある訳ではない。
が、とりあえずは身を清めて貰おうと下谷竹町で湯屋を営んでいる塚谷左兵衛の元に使いを遣り、道具を用立てて貰う事にした。
怪しげな格好に加えて全員口を覆っていたのですわ邪教かと思ったが、流行病の予防の為だと口にする彼等から供された物は疑惑を吹き飛ばす程の珍奇さであった。
不審者から提供される食品には初めて目にする物もあって最初は及び腰だったものの、彼等が毒味した物を腹を括って口にしたそれは未知の物であった。
夏にもかかわらず湿気ず、歯ごたえのある煎餅等の菓子に良く冷えた飲み物、程良く温度調節された車内。
彼等はバスと呼んでいたが、ほぼ同じ機能を備えた半分程の大きさの代物を一人一台は保有するという豊かさ。
色とりどりのビニールで個別包装された食品は湿気防止の他に、酸化防止も兼ねて袋の中に窒素を充填しているが僧侶達には知る由もない。
「使いの者が訪れて何用かと思ったが、来てみればよもや百年以上後の世からの客人、か」
馬車による移動や洋服にも慣れて来たが、足を運んだ甲斐があった、と紙コップを凹ませながら宮は内心で独りごちた。
脳裡には王政復古の大号令に伴い、寺社の保護が喪われる事を嘆いて抗議の餓死をした前執当(住職)覚王院義観の顔が浮かんでいた。
神仏分離の一環として宮は還俗、増上寺と並んで徳川の菩提寺として知られる寛永寺も所領の大部分を没収され、何処ともなく出てきたバスとその一行もいつ周囲に気付かれるか知れた物ではない。
自身の家も人の往来が激しい為却下。
まずは上野に程近い中根岸にある宮の筆頭家臣、麻生将監の家へ夜間移動を願う事に決し、その日は解散となった。
七月十七日は大安であった。
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