現状確認
中に入ると上座には古めかしい洋服を着た色白の若い男が居た。
年は司とそう変わらないだろう。
左右には僧侶達が分かれて座っているが、上座に最も近い場所には髷を結った男が一人ずつ控えている。
亮栄と呼ばれた僧は左の奥から二番目の席にいたが、近付いて来た守慶から何事かを聴き取ると頷き、こちらに目を向けた。
「先程庭でもお尋ねしましたが、皆様はボードワン殿の部下では無いのですね?」
「はい」
代表して答えたのは医者だった。
「では何処の者です?」
「日本赤十字社の医師を勤めております滝川です。
私以外に六人が同じく赤十字社に所属していますが、柄の付いたTシャツやポロシャツを着た人達は利用者の方々です」
六人の所で看護師、裏方スタッフ各三名、利用者の方で司達若者がそれぞれ首肯する。
「Tシャツやポロシャツは存じませぬが赤十字……十字、外の車にも有りましたな。
クリスチャンの方々ですかな? して何用で寛永寺に参られたのか」
心無しか亮栄の声が硬くなり、僧侶達の間の空気も張り詰めた物に変わる。
「いえ、それが私達にも……寛永寺? 上野公園ではなく?」
「ボードワン殿もここの一部を公園にすると言っていましたが、そちらも妙な事を言いますな」
双方の困惑が深まった所で上座から声が掛かった。
「埒が明かぬ。 もう良い、亮栄。 私が代わろう」
その方らも直答を許す、と視線を司達に移しながら続けた。
「伏見満宮である。 医師と言っていたがそれを証明する物は?」
問われた滝川氏が懐に手をやった時点で上座の両端に居た二人の腰が同時に上がり、射殺さんばかりの眼差しを向けていたが名刺とわかると元に戻った。
「栄助」
「はい」
栄助と呼ばれた男が右側手前から立ち上がると名刺を受け取りにやって来た。
司はその男が異常事態が起きてから最初に見掛けた人だと気付く。
栄助は司に目もくれずに上座に向かった。
「ふむ、……この電話番号というのは何やら判らぬが医師なのは確からしい」
名刺を矯めつ眇めつした後、宮はそう呟くと右側の髷の男に名刺を手渡した。
他の者は何か無いか?との問いに司達も名刺を取り出し、栄助はてんてこ舞いだった。
一段落すると滝川氏が声を上げる。
「ここが寛永寺なのはわかりました。 が、いつなのですか?」
「明治三年七月十七日だが」
宮の声に司達は凍り付いた。
「……今日、ここに落雷等は……」
滝川氏の声も震えていたが、ないとの素っ気ない返答に気力も萎えたのかわかりましたと返す言葉に力は無かった。
そんな彼等の様子を見て宮は気の毒そうな顔を浮かべ、休むが良い、そこの栄助を付ける故、何かあったら申し付けよ、とだけ告げると僧侶達を引き連れ奥に消えて行こうとした。
「あのー」
司自身何故その背中に声を掛けようとしたのかは分からなかった。
年が近く、声を掛ける心理的ハードルが低かったのかもしれない。
「信じられないとは思いますが、自分達は百年以上後の未来からやって来たんです」
証拠で分かりやすいのは、とスマホを人に向けないように本堂を撮影、栄助に見せる。
どやどやと寄って来た僧侶達に奪われないよう注意しながらブラックアウトさせないようにスライド。
植え込みの中の猫の画像が出てきたが、本堂内の画像と併せてカラーである事に僧侶達は驚嘆していた。
「証明には十分ですよね」
精神的に疲弊しつつ司はぼやいた。
「長崎の……」「天然色……」
……殆どの僧侶達には耳に入っていなかったようだが。
「名刺に使う紙、腕に巻いている時計、眼鏡の形……どことなく外国人とも異なると思えば未来から来られたとは」
数秒とかからず撮れる天然色写真を見せられては信じざるを得ぬ、と亮栄は笑った。
宮は何やら考え込んでいたが、外にある車とやらが見たいと亮栄に先導を頼んでいた。
バスに戻った一行に付いてきた寛永寺の面々は窓ガラスの透明度の高さ、車内の照明や涼しさ、体力回復の為に置いてある飲食物等に並々ならぬ興味を示し、事故のような形でやって来た事、行く宛も無い事を知るや保護を申し出てきた。
司達は揺り戻しがあるかもしれないので数日は留まると告げ、了承。
替えの衣類やトイレ等の確保に成功しつつ会談は終わった。
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