⑪休憩
「ちょっと休憩~」
そう言うと香織は、広場の隅、神社へと続く階段の近くにあるベンチへと腰を下ろした。
高校生の時、香織に告白されたベンチだった。
私も香織の隣にそっと腰を下ろした。
ふと視線を上げると、空がとても綺麗に、真っ赤に焼けている。
あの日も、こんな綺麗な空だったかな……。
私は、隣に座る香織を盗み見た。
香織は特に何を言うでもなく、手を団扇のようにしてひらひらと扇ぐ仕草をしていた。
昼間ほど気温は高くないが、まだ暑さは残っている。
「なんか喉渇かない? 私、何か飲み物買ってくるよ。香織は、何かいる?」
「あ、ありがとう。じゃあ、オレンジジュース!」
私は近くの自販機でオレンジジュースとコーラを買い、香織のもとへと戻った。
「はい、これ」
「ありがとう」
オレンジジュースを香織に手渡し、自分のコーラのプルタブを開ける。
ぷしゅっと手元で小さな音が鳴った。
私は、勢いよくそのコーラを呷る。
炭酸の小さな刺激や、甘さが心地いい。
炭酸飲料ってどうしてこんなに美味しいんだろう。
特にこういう、お祭りで飲むものは格別だ。
隣では香織が小さく、オレンジジュースに口をつけた。
そして、両手でぎゅっと缶を握ると、
「……あの時はごめんね」
と小さな声で言った。
「あの時?」
「うん、高校生の時…」
「あぁ…」
「あの時、私、奈緒の気持ちとか全然考えずに私の気持ちを押し付けちゃって…」
「そんな……」
「それもさ、多分、熱くなりすぎて空回ってたっていうか……。大人になって冷静になって考えてみるとね、多分奈緒の言う通りで、私、奈緒のこと友達として大好きだったんだよね。それを何か……、勘違いしてて……。気まずい感じにしてしまって。本当にごめん。でもね、私、今でも奈緒のこと大好き」
私は少し逡巡した。どうこの気持ちを言葉にしようか迷った。
今でも香織は、こんな私を遊園地に誘ってくれる、関係をつなぎとめようとしてくれるのだ。
それが、とても嬉しかった。
けれど今の私は、夢から逃げたカッコ悪い私だ。
私はなんだか香織を騙しているような、そんな後ろめたい気持ちになった。
「……あのさ、私、美容師目指してたでしょ」
「うん」
「あれね、もちろん、オシャレが好きっていうのもあったけど。香織みたいに何か、はっきりした好きなものとか夢みたいなものが欲しいっていうのもあったんよ。
だから、そんな憧れの香織に好きって言われたの、本当に嬉しかった。
香織に好かれるような、そんなカッコイイ私でいたいとも思ってた。だから、色々頑張ることができた。だから、香織にはとても感謝してる」
「……」
いつの間にか日は落ち切って、辺りは屋台やアトラクションの灯りでキラキラ輝いている。周りの人たちは皆、美しいイルミネーションに釘付けになっており、私たちのことなんて全く目に入っていないようだった。
「でも、ね、私、仕事が辛くなちゃって……逃げてきちゃった。今、休職してるって言ったでしょ。また戻れるのか分からなくて……。だから、今の私はすごくカッコ悪くて。ダメダメなの」
私は、話の途中から視線を地面に落としていた。
香織がどんな表情をしているのかを見るのが怖かった。
「……やっぱ、奈緒は全然わかってない」
ぽつりと香織が言った。
「……え?」
私は香織の言葉の意味を取りかねて、顔を上げる。
香織は不服そうな顔をしながら、ただ前を見つめていた。
「最後、あれ乗りたい!」
そして、そう言うと憮然とした表情のまま、目の前の色とりどりの光を放つ大きな観覧車を指さした。
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