⑫閉園

それは、ここ数日で出来上がったということを感じさせないぐらい立派で、一般的な遊園地にあるもの比べても、なんら遜色ない美しい観覧車だった。


イルミネーションが綺麗に見える時間ということもあり、観覧車の乗り場は結構混んでいた。

列に並んで待っていると、いよいよ私たちの番になった。目の前に、オレンジ色の丸い箱が降りてくる。

私たちは係員さんの誘導に従って、その箱の中に入った。


私と香織は向かい合わせに座席に座ると、窓の外を見つめた。私たちの乗る箱はまだまだ低い位置にあり、目の前のメリーゴーランドの馬を一頭一頭識別できる。

香織はずっと黙って、何かを考えるように窓の外を眺めている。

私も何も言うことができずに、ただ外の景色を見つめていた。

そうこうしているうちに、私たちの乗った箱はどんどん上へと昇っていった。

先ほどまで私たちが遊んでいた様々なアトラクションは遠ざかって行き、キラキラ瞬くミニチュアにようになっていく。


「……わぁ、綺麗~」

頂上に着いた頃、香織は心底感動したようにそう言った。


「うん、本当に……」

頂上からは広場の外の町の様子まで見える。

高いところから見るこの町は、全然知らない町のようだ。

家の灯りが煌々と輝き、まるで有名な夜景スポットみたいだった。

何も無いようで、この町も結構広くて綺麗なんだな。


……今日は、楽しかったな。


私はふと、そんなことを思った。

こんな夢のような時間がずっと続けばいいのにとも、思った。

そんな感覚はとても久しぶりで、なんだか目頭が熱くなった。


私は、見苦しいくらいに “何か” を渇望している。

とにかく、喉が渇いて仕方がない。


だから、こんな自分を潤してくれそうなものを手当たり次第に掬うのだ。

必死で掬おうとするのに、足掻けば足掻くほどそれは指の間をすり抜ける。


やっと掬いあげたものを、口に含んでもどうしても飲み込めない。

あんなに欲していたもののはずなのに、いざ飲み込もうとすると拒絶反応を示してしまう。

違う、そうじゃない。


こんなことの繰り返しだ。

……なんだこれ。


泣けてくる。

何をやっているんだ、私は。


「奈緒……?」

ふと我にかえると、心配そうに私を見つめる香織の瞳がそこにあった。


その瞳は、とてつもなく綺麗だった。


自分のことばかり考えて、独りでぐるぐる悩んでいる自分とは違う。

他人の痛みを自分のことのように映す、彼女の澄んだ瞳が、本当に美しかった。


「あ、ごめん、ちょっとぼーとしてた」


「そう……?」

香織は少し気がかりそうな声色でそう返事をすると、窓に視線を移した。

香織の顔や瞳にイルミネーションが照り映え、キラキラと瞬く。


「こんなにも綺麗なのに、一週間後には無くなるんだね……。なんか、夢みたい」


「ほんとだね……」


そっか、一週間後にはここには何も無くなってしまうのだ。

今はこんなにもキラキラと輝いているけれど、ほんとは何もない、ただ空っぽな広場なのだ。


そう気づくと、私はなんだかさらにやるせなくなった。

と同時に、そんなことも忘れて興奮してしまっていた自分がなんだか恥ずかしくなった。


「香織は、やっぱすごいね」


私はふいにそう零していた。


「え……?」


「ちゃんと好きなことを続けてる。

 ……私は……、きっと、弱いんだ。だから、こんな中途半端なんだと思う」



「……あのね! 奈緒はカッコイイよ!」

香織のその声には熱がこもっていた。

私は思わず、香織の様子を窺うように顔を上げた。


そこには真剣な、強い意志を持って何かを伝えようとする、香織の瞳があった。

「奈緒は一人で東京行って、夢を追ってたんだよ。

私は、好きなことしてるって言ったって、地元の大学で実家から通ってたし。

学費も親に出してもらってるし、いろんな人に甘えてるし……!」


「で、でも、私には今、何もない。空っぽなんだ」


「奈緒はここにいるじゃん! 確かにここにいる。

それが私は嬉しい……。何もないなんてそんなん嘘!」


「……」


「奈緒はね、考えすぎなんだよ。

ちょっとした違和感とかでも無視せずに向き合おうとするの。

自分の納得いくまで。それもたった独りで!!

周りをもっと見てよ、私はここにいるよ」


香織はまるで睨むように、必死に私を見つめていた。

私はしばらく呆気に取られていたが、そんな香織の鬼のような形相は初めてで、とたんに可笑しさがこみあげてきた。


「……ふふふ……あははは!! なんじゃ、そりゃ」


「え、いや、今の! 本気で言ってるんだよ! ……とにかく、奈緒はすごいの!」

私の予想外の反応に香織はさらに熱を込めて言葉を続けたが、私が笑うのを止めないでいると、無理矢理に話をまとめた。


「ふふ、……わかってる。ありがと。私もね、香織のことすごいと思ってるんだ。

そういう友達想いなとことか、冷静なようで意外と熱血なとことか、素直なとことか。

ほんとすごいと思う。だから、私も香織を見て、色々頑張ろうって思えてた。

だから……、これからもよろしくね」


「……奈緒は、ほんと、ずるい」

香織は小さく頬を膨らませて、また私を睨んだ。


私は、いつの間にかとても幸せで満たされた気分になっていた。

香織の言葉は、まるで魔法みたいだ。

もう明日には遊園地がなくなって、もとの広場に戻ってしまってもいいような気がしている。

遊園地がなくなったとして、それが何だというのだ。

香織とここに来た事実は消えないじゃないか。

思い出が残る。

私は空っぽじゃない。


窓に目を遣ると、いつの間にか地面がとても近くなっていた。


「もう下に着いちゃうよ。景色、ちゃんと見れた?」

「いや、見てないかも……、でも、頂上の景色は綺麗だったよ」

「だね」

私たちは互いに顔を見合わせて苦笑した。



観覧車を降りると、あたりはすっかり暗くなっていた。

周りを見回すと屋台の多くは店を閉め、閉園時間が近づいていることがわかる。

「そろそろ帰ろっか」

「うん、そうだね」

「……香織、ありがとう」

「どういたしまして」

私たちはキラキラ輝く観覧車を背にして、入ってきた時にもくぐったお城を象ったゲートに向かって歩き出した。

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