⑬再起

香織と遊園地へ行ってから、休職期間を終えるまでにはおよそ1か月あった。

その間、私は母の家事を手伝ったり、父の盆栽の手入れを手伝ったり、香織や他の地元の友達と出かけたり、のんびり夏を過ごしていた。


母に頼まれて、久しぶりにヘアカットもした。

庭の真ん中にレジャーシートを敷いて、その上に椅子を置いただけの殺風景な青空美容室が開店したのだ。

椅子に座った母の後ろに立ち、ハサミを手に取ると、久しぶりの感覚に手が震えた。

しかし一度髪型のイメージが出来上がると、いつの間にか無心でハサミを動かしていた。

私にとってその感覚も久しぶりのものであり、とても気持ちよかった。


「うわ、母さん、若返ってない?」

カットとヘアセットを終え、鏡を見た母は大はしゃぎだ。

「ちょっと流行を取り入れてみました。どうですか?」

私も得意げに鏡の中の母に話しかけた。

「すごく良い!! 気にいった!」

母はとても嬉しそうで、それを見ているこっちまで嬉しくなった。


「母さん、迷惑かけてごめんね」


私はずっと母に言えなかった謝罪の気持ちを口にした。

母は鏡越しに私を見つめ、

「奈緒は、どうだった?」

そう聞いた。

私は一瞬、母の質問の意図を図りかねたが、母の優し気な表情から私のことを気遣ってくれていることが理解できた。

「……うん。楽しかった」

「なら良し!!」

母は満足そうに頷いた。


私が東京に帰る日、母も父も門の外まで見送りに来てくれた。

「また食べ物とかそっち、送るから。電話もするし。道中は、気をつけてね」

「うん、ありがとう。それじゃ、また」

二人の見送りは嬉しかったが、やはりまだどこか照れ臭く、私はそっけない返事をした。

二人へと手を振り、駅へと歩き出そうとしたその時、

「奈緒」

父から呼び止められた。

「うん?」

「もっと、俺たちを頼れ。なんかあったら連絡してこい」

普段は無口な父の、意外な言葉だった。

隣を見ると母も穏やかな笑顔で大きく頷いている。

私は胸が熱くなった。

「うん、ありがと。またね」

私はやっとそう返すと、もう一度軽く手を振り、二人を背にして駅へと歩き出した。


駅前の商店街を通ると、田中さんのコロッケ屋さん

の前で数人の男子高校生がたむろしていた。

「やっぱ、ちょーうまかったわ」

「だろ!? また食いに来い」

「うん、また来る! ごちそうさまです」

「おう」

田中さんと高校生たちは、コロッケが並べられたショーケースを挟んでにそんな平和な会話を交わしている。


「繁盛してますね」

私は高校生たちが立ち去るのを見届けてから、田中さんに声をかけた。

今どんなコロッケが売ってるのかが気になった私は、田中さんに声をかけながら、ショーケースの中を覗いた。

すると様々な種類のコロッケがある中で、なんと一番上の段には、遊園地の屋台で出していたコロッケバーガーがあった。

「おう、奈緒ちゃん。あの遊園地でコロッケバーガー出してからな、あれが大人気で。また食べたいって言う学生がよく来るようになったんや」

「へえ~! すごい!」

「今ではうちの看板商品になってる」

「確かにあのコロッケバーガー、めっちゃ美味しかった。せっかくだから一個ください」

「ありがとう! 今回は、200円です」

「はい」

私は田中さんからコロッケバーガーを受け取り、そっと鞄の中に仕舞った。

「そういえば奈緒ちゃん、もう東京帰るんか?」

田中さんは私の大きなキャリーバッグに気づいたようだ。

「そうなんです。これから東京なので、これ新幹線の中で食べますね」

「おう、ありがとう。んじゃまたな」

「はい、また」


私は田中さんのコロッケ屋さんを後にすると、なんだかとても幸せな気持ちになった。

広場の遊園地はもうなくなってしまった。

今はだだっ広いだけの、ただの空き地だ。

けれど、何もなくなってしまったわけじゃない。

コロッケバーガーの味を知って、また食べたいと思ってくれる人がやってきてくれるのだ。

その事実が、私は嬉しかった。


商店街の赤い門を抜けて駅に着くと、そこには見知った顔があった。

「香織!?」

「あ、奈緒! 時間きいてたから、来ちゃった」

改札の前、切符売り場の側で、香織はいたずらっ子のような笑顔でそう言った。

「もう、わざわざ見送りなんていいのに」

「私が奈緒に会いたかったの!」

「はいはい」

「なにその、気のない返事?」

「ごめんごめん」

香織は冗談めかして怒っていたが、急に真剣な表情になって私を見つめた。

「奈緒、もう大丈夫?」


「うん、わかんないけど、もう一度頑張ってみる。

……それに、香織もいるしね」


「うん! そうだよ」

そう言うと、香織はまたにっこりと笑った。


私は切符を買い、改札に入る前にもう一度香織を振り返った。

「本当に色々ありがとう、またね」

「うんまたね、また観覧車乗ろうね」

「いいね。今度またどっかの遊園地行こうか」

「うん!」

あの日、観覧車の頂上から見たこの町の景色は本当に綺麗だった。

あの町並み一つ一つが、私を形作る思い出となっている。

私は空っぽでも独りでもないと、田中さんが、母が、父が、そして香織が気づかせてくれた。

だからもう大丈夫。

私は最後に香織に向かって大きく手を振り、改札を通った。

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Carnival 岩﨑 史 @fumi4922

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