⑩開園

広場に着くと、そこには人だかりができていた。

がやがやとした人の声や、ひたすらに明るい音楽が聞こえてくる。

予想外に活気に満ちたその様子に、私は少し圧倒された。

この町って、こんなに人がいるんだ!

私と香織はチケットを買い、人だかりに付いて広場の入口へと向かった。

広場の入り口には、西洋風の城を象った大きなゲートができていた。


「すご~い!!」

「ほんとに!!」

係員にチケットを渡してゲートをくぐった私たちは、大きな歓声をあげていた。

そこは想像以上に本格的な“遊園地”だった。

広場の中心には、大きな観覧車が鎮座している。

それを取り囲むように、コーヒーカップやゴーカート、メリーゴーランドなどのアトラクションが並んび、さらにその外側には様々な屋台が軒を連ねていた。

広さの制約もあって確かに規模は小さいが、一つ一つのアトラクションは本当の遊園地からそのまま持ってきたように本格的なものだった。


「奈緒、あれ!」

香織が興奮気味に私の肩を揺らす。

その視線の先には、黄色いレールが白い雲をバックに軌跡を描いていた。

きゃーという乗客の甲高い声を乗せて、ジェットコースターがそのレールをすごいスピードで走って行く。

その光景を見ると、私もとたんにわくわくが止まらなくなった。

「よし、あれ乗ろう!!」

そう言うが早いか、私は香織の手を取って、ジェットコースターへと小走りで駆けていった。

ジェットコースターの次はメリーゴーランド、メリーゴーランドの次はコーヒーカップと、私たちは休む間もなく様々なアトラクションを堪能した。

本当に楽しめるのか、なんていう不安はとうの昔に忘れていた。


「何食べよ?」

「う~ん、どれも美味しそう。こういうのって選べないよね」

一通りのアトラクションを楽しむと、もう時間はお昼を少し過ぎたころだった。

私たちは園内を回りながら、昼食に何を食べるかを話し合っていた。

屋台はたこ焼きや焼きそばのようなオーソドックスなものから、かき氷のような甘味系、外国の何だか良く分からないグルメなど色々なものが出店している。

色々見て回るほど、私たちは何を食べるかを決めかねていた。


「あれ、香織ちゃんに、奈緒ちゃん!?」

すると突然、後ろから大きなだみ声で名前を呼ばれた。

私たちが驚いて振り返ると、そこには汗まみれのTシャツを着た、大柄な男が屋台をやっていた。

精悍な太い眉と真っ黒に焼けた肌、それに不釣り合いなまん丸い目に見覚えがあった。

私はすぐにその顔を思い出した。

「あ! コロッケ屋の田中さん」

「おう、久しぶり~」

それは駅の近くの商店街でコロッケ屋をやっている、田中さんのご主人だった。

小さい頃から、田中さんのコロッケにはとてもお世話になっている。

家族で出かけた帰り、母が少し晩ごはんの手を抜くときにはいつもここのコロッケを買って帰った。

高校生の時には、下校時の買い食いの定番だった。

私は田中さんの頭上の黄色い垂れ幕を見上げた。

そこには黒い文字で力強く、「コロッケバーガー」と書かれている。

単純にコロッケにするのではなく、屋台風に若者受けや、食べやすさを考えて工夫する辺りが田中さんらしくて、私は少し笑ってしまった。

昔から、野菜嫌いな子供のためにと言ってピーマンコロッケを作ったり、ヘルシーだと言って鶏肉コロッケを作ったり、商品開発に余念のない人だった。

「コロッケバーガー、買ってってよ~、サービスするよ」

そういうと田中さんはまん丸い目をきゅっと細めて、頭上の文字を指差した。

「ほんとですか! じゃあ、ここにする?」

「うん! すごく美味しそう~!」

「コロッケバーガー二つね。ほんとは一つ200円だけど、今回は特別100円ね」

「ありがとうございます!」

田中さんは私たちから100円ずつを受けとると、手際よくコロッケを揚げ始めた。


「そういえば、奈緒ちゃんは東京で働いてんだよな? 今は休暇とかか?」

油の中でカラカラと揚るコロッケを見つめながら、田中さんは何気ない様子で私にそう尋ねた。


「まあ...そんな感じです」

田中さんのその質問に、私はまたお茶を濁すような返事をしてしまった。


「そっか~、東京色々と大変やろ、まぁ頑張んな。んで、またにはこんな感じでこっちにも帰って来いよ。ご両親も、まったく連絡よこさないって、すごい心配してんだから」


「……そう、なんですか」

母からも父からもそんなこと、言われたことがなかった。

東京の学校に行くと決めた時から、これ以上迷惑をかけないようにとあまり連絡は取らないようにしていたのだ。

父と母が田中さんにそんなことを言っていたのが意外だった。


田中さんは網になったおたまで器用にコロッケを油から引き揚げ、丁寧にパンに挟んでいく。

「そうだよ~、やっぱ親ってのは子どもには甘えてほしいもんよ。そりゃ、うちのとこみたいに出来が悪かったら、もう少しちゃんとせぇって言うけど。

奈緒ちゃんも香織ちゃんもしっかりしてるから、ご両親、寂しいんじゃねぇか?

ほい、コロッケバーガー二つ」

そう言うと、田中さんは私たちにできたてのコロッケバーガーを差し出した。

私たちはそれを受け取ると、さっそく一口かぶりついた。

そのコロッケは、肉汁がたっぷりで、ジャガイモがほくほくで、とても懐かしい味がした。

「美味しい…!」

「だろ、だから、また食いに帰って来いって!」


コロッケバーガーを食べ終えた私たちは、午後からもパレードを見たり、お化け屋敷に入ったり、全力で遊園地を満喫した。

「もうだいたい回ったかな?」

「そうだね、あ~、楽しかった」

「ね~」

そんな会話をしながら園内を歩く頃には、もう日が暮れかかっていた。

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