⑨当日

待ち合わせ当日、私は落ち着かず、朝からそわそわしていた。

8時半には準備を終えてしまい、テレビを確認したり、トイレに行ったり、鏡の前に立って洋服を確認したり、とにかく家の中をウロウロと歩き回っていた。


やっぱ、行くの止めようかな。

そんな思いが胸中をかすめた。

体調が悪いとか、言い訳は何とでもできる。

……でも……行かなかったら、また香織と会う機会はなくなってしまう……。

それはやっぱり、嫌だった。

結局、私は居ても立っても居られなくなり早めに家を出ることにした。


待ち合わせ場所に着いたのは、9時40分だった。


早く着きすぎたな。


私は心を落ち着かせようと、またあの掲示板の方へと歩を進めた。

地域のヨガ教室や、ごみ出しに関する注意などの地味な張り紙の中で、やっぱりその派手なチラシは目立っている。


香織に誘われた日、私は“移動遊園地”について調べてみた。

インターネット上には「英語ではカーニバルと言われる娯楽興行。通常の遊園地のように永続的に特定の場所に設置されるのではなく、ひとつの場所から別の場所へと移動していく。」とあった。

最初に抱いた感想は、そんなこと可能なのか、というものだった。

遊園地と言えば、メリーゴーランドにジェットコースター、観覧車など、大きなアトラクションがたくさんある。

きっと解体させて運ぶのだろうけれど、そんな手間をかけてまで遊園地を移動させるということが私にはピンとこなかったのだ。


海外のを紹介したネット記事には、こんなものが本当に移動するのだろうかと目を疑うような豪華な写真がたくさん載っていた。

ここは日本だし、もっと簡素なものなんだろうな。

あ~、今日も空が青いな。遊園地日和だ。

そんなとりとめもないことを考えていると、


「奈緒…! ごめん遅くなって」

香織が小走りにこちらにやって来た。

今日はジーンズにスニーカーという動きやすい格好で、高校生の時の面影がある。


「やっほ。いや、遅くないよ…。まだ、9時50分」

「あ、そうなんだ」


香織は少しだけほっとした表情をし、さっきまで私が見ていたチラシに目を遣った。

「楽しみだね。どんな感じなんだろ?」

香織の、本当に楽しそうな弾んだ声が私の耳をくすぐった。

「ね、どんなだろ?」

私も何気なく返事をし、広場の方向に向かって指さした。

「とりあえず、いこっか」

「うん」


私たちは、一緒に坂を下っていった。

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