④煩悶
その日もうだるような暑さだった。
朝からジーワジーワと元気な蝉の声は止まない。
私は扇風機の前を陣取って、畳の上に寝ころんでいる。
何かしなければ。
……何もしたくない。
これからどうなるんだろう。
このままじゃだめだ。いつまで甘ったれているつもりなんだ。
戻らなければ。しっかりしなくては。
……戻りたくない。
……あんなに憧れていたはずだったのに、好きだったはずなのに、どうしてこんなに辛いんだ。
美容師になれない私は、一体何になれるんだろう。
私には……何もない。
私は、小さく息を吐いて寝返りを打った。
実家に戻ってからは、こんな声が頻繁に私の頭の中に響いた。
この声は容赦なく私の心を抉り、思考する力を奪う。
目もとが熱くなる。息が苦しい。
―どう手入れすればいいか分からなくなった時は、距離を置いて、力を抜いて、観察する。
―この後、どう育てたいか。そのためにはどこをどう剪定すればいいか。よく考える。
私は盆栽を剪定した時の、父の言葉を思い出した。
この言葉はきっと、不器用な父なりの励ましの言葉だ。
それは、未熟な私にもわかる。
私はふっと全身の力を抜いて、大きく息を吐き、大の字になって天井を仰いだ。
「私は……、どうしたいんだろう」
そう問うてみても、盆栽のように容易には打開策は見えてこない。
目の前に広がるのは、ただただ天井の木目だけだ。
私は考えるのを諦めて、体を起こそうと畳に手をついた。
その時、
「奈緒~、ごめん、トイレットペーパー切れそうなの。坂降りたとこのコンビニで買ってきてくれない?」
先ほどから、廊下の掃除をしていた母から声がかかった。
「うん、いいよ。行ってくる!」
私はそのままえいと起き上がり、廊下に出た。
「ほい、これ。お願いね」
「了解」
母から鍵と財布を受け取ると、私は玄関の靴箱の上に置いてあるマイバッグにその財布と鍵を放り込み、無造作にスニーカーを履いた。
Tシャツに短パンといういで立ちだが、近所のコンビニだ。まぁいいだろう。
「他には?何かいるものある?」
私は、奥の廊下にいる母に向けて声をかけた。
すると、母は奥の廊下からひょこっと顔をのぞかせた。
「プリン!!」
「……わかった。待ってて」
私は無邪気な母の声に苦笑して、家を出た。
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